青年

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青年

 少年は少年ではなくなっていた。今はもう、青年と呼ばれている。  両親の仇を殺しても心が晴れない、と気づいた少年は銃を捨てたのだった。その後すぐに戦争が終わる。少年の国は大国に飲み込まれ、国名も奪われた。  敗戦国の孤児となった少年には、もう戦う相手はおらず、理由もなく生きていた。最低限の知識を身につけ、その日を生きるためにあれだけ恨んでいた大国の中で働く。  その繰り返しの果てに少年は青年になっていた。  意味もなく働いていた青年は、自分が無力だったから全てを失ったのだと気づく。この世界で生きるためには知識という武器が必要だった。  医学を選んだのはたまたま。自分の居場所だと決め込んだカフェで勉強をしていると、向かいの席にいつも同じ女性が座っていることに気づいた。  青年と同い年くらいだろうか。女性は席に座るたびに、青年に微笑みかける。挨拶を交わすようになり、軽い会話の中で青年は「医者になるために勉強をしている」と嘘をついた。  自分のことを話せば、自然と過去を思い出してしまう。咄嗟にそれを拒絶したのだ。  青年が自分のことを話さない代わりに、女性は自分のことを話す。彼女の名前を聞いた時、青年は嫌でも過去を思い出してしまった。  ナターシャ。それは自分の両親を殺し、自分が殺した男が口にしていた名前だ。  よく見るとナターシャには、あの男の面影がある。   「ナターシャ、君の父さんは何をしているんだ?」  青年が問いかけた。 「えっと、パパはね……その、戦争で……」 「そうか、すまない。辛いことを聞いた」  口籠るナターシャに青年はそう答える。  決まりだ。ナターシャはあの男の娘なのだろう。  告白しよう、と青年は心に決める。自分の過去と、ナターシャとの関係を告げ、全てを終わらせることを。  今日のコーヒーはいつもより苦くて、重苦しい味だった。  青年は黒く澱んだ液体を飲みながら、ナターシャを待つ。  恨みの残骸を消し去る四発目と、全てを精算する五発目を内ポケットに隠して。
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