34人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
青年
少年は少年ではなくなっていた。今はもう、青年と呼ばれている。
両親の仇を殺しても心が晴れない、と気づいた少年は銃を捨てたのだった。その後すぐに戦争が終わる。少年の国は大国に飲み込まれ、国名も奪われた。
敗戦国の孤児となった少年には、もう戦う相手はおらず、理由もなく生きていた。最低限の知識を身につけ、その日を生きるためにあれだけ恨んでいた大国の中で働く。
その繰り返しの果てに少年は青年になっていた。
意味もなく働いていた青年は、自分が無力だったから全てを失ったのだと気づく。この世界で生きるためには知識という武器が必要だった。
医学を選んだのはたまたま。自分の居場所だと決め込んだカフェで勉強をしていると、向かいの席にいつも同じ女性が座っていることに気づいた。
青年と同い年くらいだろうか。女性は席に座るたびに、青年に微笑みかける。挨拶を交わすようになり、軽い会話の中で青年は「医者になるために勉強をしている」と嘘をついた。
自分のことを話せば、自然と過去を思い出してしまう。咄嗟にそれを拒絶したのだ。
青年が自分のことを話さない代わりに、女性は自分のことを話す。彼女の名前を聞いた時、青年は嫌でも過去を思い出してしまった。
ナターシャ。それは自分の両親を殺し、自分が殺した男が口にしていた名前だ。
よく見るとナターシャには、あの男の面影がある。
「ナターシャ、君の父さんは何をしているんだ?」
青年が問いかけた。
「えっと、パパはね……その、戦争で……」
「そうか、すまない。辛いことを聞いた」
口籠るナターシャに青年はそう答える。
決まりだ。ナターシャはあの男の娘なのだろう。
告白しよう、と青年は心に決める。自分の過去と、ナターシャとの関係を告げ、全てを終わらせることを。
今日のコーヒーはいつもより苦くて、重苦しい味だった。
青年は黒く澱んだ液体を飲みながら、ナターシャを待つ。
恨みの残骸を消し去る四発目と、全てを精算する五発目を内ポケットに隠して。
最初のコメントを投稿しよう!