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ナターシャ
「彼とはどこで出会ったの?」
友人がナターシャにそう問いかけた。
近頃ナターシャは彼の話ばかりしていたのだから、友人の問いは当然だろう。
それは初めて恋を知った少女のように、いや、文字通りナターシャは初めて恋を知ったのだから、仕方がない。違うのはナターシャは少女ではなく、成人した女性だということだけだ。
「近所のカフェよ。彼は医者になるために勉強しているんだって」
ナターシャが答えると友人は嬉しそうに何度か頷く。
「そうなんだ。でも好きなんでしょう?」
「うん、すごく優しくて、何だか安心するの。それに、彼の憂いを秘めた瞳がたまらなくセクシーだわ。あとね、パパの写真に少し似てるの」
「そっか、ナターシャのパパは……」
「うん、戦争で……だからかな。多分、大切な人を失うのが怖くて、ずっと恋を出来ずにいたのよ」
ナターシャが言う。友人は悲しげに微笑んだ。
「それでも、彼のことは好きになっちゃったんだ。良かったじゃない」
「なんだかB級恋愛映画みたいで恥ずかしいけどね」
「ゴールデングローブ賞だって狙えるわよ」
ナターシャの背中を押すように友人は親指を立てる。
友人との会話を終えたナターシャは、いつものカフェに向かった。
今日も彼はそこにいるだろう。窓際の席で、難しそうな顔をして、ノートに何かを書いているはずだ。
彼の姿を思い浮かべてナターシャは微笑む。いつも通り彼に微笑みかけ、向かいの席に座ってから自分の気持ちを告げよう、と心に決めていた。
両腕で抱えたとびっきりの花束が、ナターシャの体に合わせて跳ねる。それはまるで恋を知り、軽やかになった彼女の心のようだ。
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