其れは簡単に

17/24
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
 其れから吉野も屋敷に戻って来て、また一気に騒がしくなった。然し問題は雲理だった。時間が経つに連れて歩くのも漸とになり、車椅子で生活をする事に成った。食事もする回数も減り、日に日に痩せていく姿は二人にとって迚も辛い事だった。 「深碧、少し良いですか?」  或る日の昼下がり。ホールの掃除を終えてソファーで珈琲を飲んでいた時、雲理が声を掛けた。 「如何かした?」 「此れを渡したくて。」  深碧に差し出したのは、何枚かの写真だった。其の写真を受け取り見てみると、其処には雲理と碧の姿が写っており、碧の腕の中には赤ん坊が抱かれていた。 「余り写真は撮らなかったので此れ位しか無いんですが、深碧に持っていて欲しくて。」  「ほぼ全て碧が撮ったんですけど。」と眉を下げて笑う雲理。確かに写真はほぼ雲理の写真だった。其れも急に撮ったと思われる物や隠れて撮った様な物ばかりで、ふと笑みが溢れた。 (幸せだったんだろうな…。)  碧は人間では無い雲理を心から愛し、自ら子を望み、深碧を産んだ。例え、三人で過ごした時間が迚も短かったとしても碧は幸せだっただろう。勿論、共に人生を生きる事が出来ず、子供の成長を見届けられない事に後悔し、己の病を憎んだ筈だ。然し、写真に写る碧は全て心から笑っていた。  母親の温もりが恋しく無かったと言えば嘘になる。何故自分に母親が居ないのかと幼い頃は何度も思ったが、雲理に聞いても毎回はぐらかされた。雲理から”碧を殺した”と言われたのは二十歳に成った時だった。普通ならば母親を殺した父親を嫌悪し恨むだろう。然し、雲理が人間では無いと知っていた為かそんな感情は抱かなかったが、心の何処かで寂しさの様な何と言えば良いか分からない感情が有ったのは覚えている。 「…そう云えば、名前は誰が付けたの?」 「碧ですよ。自分の名を入れたいと駄々を捏ねましてね。」  「まあ、私には名付け等出来ませんから助かりましたけど。」と言いながら、雲理は深碧の頭を優しく撫で、自分で車椅子を動かし何処かに行って仕舞った。  また一緒に暮らす事になってからと云うもの、雲理は良く深碧の頭を撫でる様に成った。まるで幼い子供を撫でる優しい手付きで。雲理の目に映る深碧の姿は子供の様に映っているのでは無いかと思って仕舞う程優しい手に恐怖を感じる。もう死が直ぐ其処迄迎えに来ていると嫌でも悟って仕舞う。 「深碧さん。」 「如何したの、吉野。」 「雲理さんの件で少し。」  向かい側のソファーに座る吉野は、メアリー時は”深碧”呼びだったが、記憶が戻り昔の呼び方に変わっていた。家族として生きてきたが如何も他人行儀の様に思えるが、此の呼び方がしっくりくるらしい。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!