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春の陽射しは柔らかく、山間の谷を彩る木々には花が咲き乱れていた。背中を丸めた男が大儀そうに谷の上にある桜の大樹の元へと歩を進めている。男は腕の中に小さな赤子が居た。その赤子はぐったりと力なく男に体を預けている。
男は、腕の中の赤子を務めて見ないようにしていた。桜の大樹がある谷は道を知る者でも迷いやすく、また男の住む里からは大人の足でも数刻かかった。こんな山奥に赤子を連れて物見遊山で訪れるほど、男は酔狂ではない。
古来より、年寄だろうと赤子だろうと関係なく、居ては困る者を帰れぬ場所に、帰れぬような姿にしてから棄てるのが習わしだ。餓るが先か、獣に襲われるのが先か、それは分からない。
どちらにせよ骸は山に住まう獣や鳥が喰らって怨嗟を断ち切ってくれる。
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