第壱章

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**墓参り**  奥深い山の中に、廃屋(はいおく)見紛(みまが)う程に寂れた一軒の家屋(かおく)があった。周囲に他の家はなく、ひっそりと森に隠れるように建っている。そこに暮らすのは小さな弟と優しい姉の二人だけだった。  「桜太(おうた)、そんなに走らないで。私は早く動けない。」  そう言いながら、姉の紅姫(べにひめ)は困ったように笑う。彼女は、姉であり母の代わりになれるようにと、日々努力している少女だ。  「桜太」と紅姫が呼ぶ弟は、まだ幼く無邪気に紅姫の周りを転がるように駆けまわる。  紅姫が桜太を捕まえようと体を動かす度に、関節がきしりと音を立てた。  「紅姫、おいらはそんなにすばしっこくないぞ?弥七(やしち)じい様のお墓に早くお花持っていきたいだけだ」  桜太は紅姫に抱きつく。抱きつかれながら紅姫は桜太の髪をくしゃりと撫でる。桜太の髪は血のように赤い。紅姫は桜太の赤い髪が少し悲しかった。この髪の色は紅姫にとって特別な意味があった。  桜太の髪はよく色が変わる。いつの頃からか、髪が血のように赤くなる頃に、弥七のお墓参りに行くようになった。それがいつの頃かは紅姫は思い出せない。  紅姫に懐きころころと表情を変える桜太を見ていると、紅姫は表情を表に出せない自分に歯痒さを覚えてしまう。悲しい時や嬉しい時を表情で伝えられないのは、なんともどかしい事か。緩慢にしか動かせない手足も、全部が恨めしい。  「紅姫、また笑えない事、動けない事が哀しいのか?」  桜太は、紅姫の顔を覗き込みながら哀しそうに言った。
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