1人が本棚に入れています
本棚に追加
シキミの花言葉は
式見木蓮は、人間じゃない。
どういうことかっていうと、あいつはサイテーの星から生まれた、サイテー男子なんだってこと。
なのに、ちょっと顔の作りがいいからって小さい頃から女子にモテモテ。
確かに、髪だってつやつやの黒髪だし、目は二重でぱっちりしてるし、鼻筋もとおってる。肌だって、ニキビひとつない、きれいなクリアスキンだよ。
でも、性格がわるすぎる。みんな、騙されてるんだよ。あの、イジワル男に!
私は式見と(非常に不本意ながら)ずっといっしょだったからわかるんだ。
保育園、小学校、そして中学校。もう毎朝見飽きるくらい顔を合わせていた。
中学生になったときは、やっと同じ通学団から解放されると思った。気の合う友達とだけ一緒に通学できると喜んだのに。
新学期の朝。登校中、あいつに後ろから肩を叩かれて「奇遇じゃん。いっしょに行こう」なんていわれて。しかも、あいつと同じクラスになってしまった!
私の平和な新生活計画が! ああ、ついてない。
そんな中学生活にも慣れてきた、五月のある日。教室の前で、式見が先生に何かを頼まれていた。
ああ、面倒なことになりそう。私は、まるで動物学者のように、あいつの次の行動を予測することが出来るのだ。すごいでしょ、自慢できることじゃないけど。
ほおら、やっぱり私の席に向かって歩いてくる。そして、次にいう言葉ももうわかってるのだ。
「花井、先生に雑用頼まれたからお前も着いてきて」
はい、大正解。式見の思ってることなんて、私にはお見通しなんだから。
「なんで私まで行かなきゃいけないの」
「あれ、花井。前髪、髪切った? 切ったよね、ぜったい」
こ、こいつ。数センチしか切ってないのに、どうして気付けるのっ?
いつもながらの洞察力。なのに、毎回驚いてしまう。だけど、認めてなんてあげない。これはこいつの得意分野。あいてが喜ぶことを無意識に分析して、懐に飛び込もうという、人心掌握術なのだ。この特技のせいで、どれだけの女子がこいつの虜になってしまったか。イケメンのくせにさらにこんな特技まであるんだから、本当に恐ろしいやつ。
でも、私にはそんな技、通用しないんだから!
「切ってない」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、着いてきてね。職員室まで」
なんでそこで『じゃあ』になるのよ! 全くもってわけがわからない。
でも結局、こうなる。いくらあがこうとも、私は式見の思い通りになってしまう。
ただ単に、頼まれたら断れない性格、ともいうけれど。
春になると咲く『シキミ』っていう可愛い花があるらしい。
シキミの実には猛毒があるんだって。だからなのか、シキミの花の花言葉は『猛毒』。
そしてこの花には、もうひとつ、花言葉がある。
それは、『甘い誘惑』。
シキミは可愛らしい花をつける。それが独特の強い香りを放つことから、神聖な樹木として、神仏に備えられているんだって。
よくわからないけど、なんかスゴイ植物、って感じだよね。
甘い誘惑、そして猛毒かあ。
自分勝手で、デリカシーがないくせに、変なところはめざとくて、人の心を振り回す。
式見木蓮にぴったりの花言葉だ。
先生の頼まれごとは、教室の机に置いてあるプリントをホッチキス留めして、みんなに配っておいてほしいというものだった。
「ホッチキス留めは職員室ではジャマになるから、隣の校長室を使っていいってさ。休み時間の間に終わる量だから、よろしくっていってた」
コンコン、と式見が職員室のドアをノックする。担任の桜木先生の机は入り口から一番手前。そこには確かに、プリントの束が置いてあった。上にホッチキスもちょこんと乗せられている。
向かいに座る教務主任の伊調先生が「校長室ね、空いてるよ」と中扉を指さしてくれる。職員室は校長室に繋がっているのだ。
式見が「お借りしまーす」とプリントを持った。私には、ホッチキスが手渡された。
校長室は会議用に長テーブルが四角に並べられていた。そこにバサッとプリントを置くと、横に並んでイスに座る。
授業で使うプリントを二枚づつ、パチ、パチと閉じていく。
別に式見と話すこともないので、早く終われといわんばかりにもくもくと作業を続ける私。
ちくちくと、何かがささる。視線だ。なんだかさっきから、強烈な視線を感じる。主に、横から。
「式見、なんで見てくんの?」
「だって、何も話さないから」
「話すことがないんだから、当たり前」
「いやいや、こういう時は気を使って話題を提供するもんなんじゃないの」
「なんで私がそんなことしなくちゃいけないの」
「だって、花井ってさ。せっかく前髪切ったのって聞いても、切ってないって嘘つくじゃん。話題をふっても『切ってない』で終わりにされて、また話題をよこせはさあ、それは都合のいい話だよね?」
こいつは、常にこの調子。ある時、いよいよ式見の性格にうんざりした私は、こいつを避けていた時期がある。それでも、ぐいぐいとかまってくるものだから、結局避けきれなかったのだけれど。
「やっぱり花井、前髪切ったんでしょ」
式見の色素の薄い瞳が、私の視界に飛びこんでくる。丸くて、大きくて、そしていたずらっぽく細められている、あざとい瞳。
自分の顔が真っ赤になっていくのを感じる。ああ、もう。いちいちどきどきするな、私。こいつはわかってやってんの。例の人心掌握術よ。だって、ほら。形のいいくちびるが「くすっ」って感じに笑ってる。
「顔、赤いよ」
「赤くない」
「ほら、また。嘘ついてる」
「嘘じゃない。赤くなる予定、なかったし」
「ふうん。俺も花井の顔を赤くする予定なかったよ。お前が勝手に赤くなってるだけでしょ」
私はいよいよ式見を無視してホッチキス留めを再開した。式見も次々にプリントを重ねて手渡してくる。
休み時間はあと、五分。
「花井」
「急いでるの。黙ってやってよ。配る時間なくなる」
「俺さ、男友達としか遊んだことないよ」
「いきなり、なに」
式見が意図の読めないことを突然いい出すのはいつものことだけど。
最後のプリントを式見が渡してきた。私はそれにラスト一発、とばかりにパチン、と小気味よい音を響かせる。
「花井。俺たち、友達だよね」
「は?」
「ずーっと小さい頃からいっしょだもんね。つまり俺の初めての、女友達」
人差し指で、こちらを指してくる式見。人を指すようなやからと友達になった覚えはないんだけれど。
「俺、花井を話すの楽しいんだよね。だから、花井のこと大好き」
大好き、っていきなり何。
「私は、楽しくない」
「ほーら。また、嘘ついてる。本当は楽しいくせに。やっぱり花井はおもしろいなー。花井も俺といるとおもしろいでしょ?」
「全然」
「えー保育園のときは『すみれ組のなかで木蓮くんがいちばんおもしろいね』っていってくれたじゃん」
何年前の話よ。過去を掘り返さないで。今はその話題、関係ないから。
「たまたまでしょ。柳原くんが一番のときもあったかもしれないし」
「いや、あいつが俺よりおもしろかったことなんてないから」
きっぱりと吐き捨てる式見に、思わず「ふふっ」と吹き出してしまう。
「……うん。それじゃあ、そういうことで、よろしく。これから友達っぽいこと、たくさんしようね」
私が閉じたプリントを、式見がトントンとそろえている。
えっと。改めてだけど、何だか今、変な展開になってるよね。
「結局、どういうこと?」
「俺と花井はあらためて、正式に友達になったってこと」
「何でそんなこと、いちいち宣言されなくちゃけないの」
「花井ともっとたくさん話したいんだもん。友達として」
なんで今日は、『友達』って言葉を多用してくるの。こいつ、裏でなにか企んでるのかな。まさか、私を借金の保証人にしようとしてるとか? いや、未成年だしそれはないか。
あとは、ドッキリでも仕掛けようとしてるとか、かな。
「ユーチューブでもはじめたの?」
「いきなり、なにいってんの。変なやつ」
変なやつはあんただよっ。そっくりそのまま返すわ! こいつ、本当に疲れる。
大混乱している私を楽しそうに見つめながら、式見はプリントとホッチキスを持って校長室を出て行こうとする。
「早くもどろ。そろそろチャイムなるよ」
「はあ……」
またしても、振り回されている。そうに違いはないんだけど、友達になったっていうことに、あまり悪い気がしていない私がいる。
でも、式見と友達になるってどういうことだろう。
少しだけ悶々としながら、私は式見の後を着いていった。
帰り道。式見に背中を叩かれた。下校中、こいつはいつもこうやって、私を追いかけてくる。
保育園のとき、私たちは同じくらいの身長だった。それが今では、こいつの顔を見上げなければいけなくなった。あーむかつく。
初夏のやわらかい風が、青葉の香りをのせて、式見の短い黒髪を通りぬけていく。そんな式見は悔しいけれど、本当にイケメンで、この人と幼なじみの自分が、たまに信じられなくなる。
「ねえ、俺との会話。楽しいでしょ。やっぱり、俺が一番面白くて、かっこいいよね」
「全然」
「……花井さあ、小二くらいから、俺のこと避けはじめたよね」
「あんたがむかつくことばっかいうからでしょ。それに避けても避けても、話しかけてきてたんだから、結果的に避けられてないよ」
「でも、今日から友達だもんね。あっ。友達になったんだから百里って、呼び方にもどしてもいいよね」
「だめ。名前呼びに戻ったら、そういう仲なのかと思われる」
「友達なんだから、いいじゃん」
そりゃ男女の友達で、名前呼びする子たちもいるけどさ。
式見はカッコいいしモテるから、いきなり名前呼びに戻ったら、ぜったいに付き合いだしたって疑われる。その誤解を解くの、面倒すぎ。
すると、式見がひらめいたとばかりに微笑んだ。
「じゃあさ、二人きりのときは、名前呼びに戻していいよね」
仕方ないか。ここで折れとかないと、永遠にこの会話が続くことは、長年の経験からわかっていることだ。
「……わかった」
「やったー」
ぽん、と私の頭の上に式見の手のひらが乗る。それが、ゆっくりと優しく私の髪の流れに沿うようになでてくる。
意外と大きな、式見の手にわずかにびびる。イケメンに育ったからって、イケメンみたいなことしてこないでよ。顔が赤くなる前に、あわてて式見と距離をとった。早くなりかけた心臓を押さえ込むようにして、身をかがめる。
「こ、こここ子どもあつかいしないでよっ」
「うーん。そういう意味でやってるんじゃないんだけどなー」
「もういいでしょ! 私帰る!」
そして、式見を振り返ることなく、私は走り出した。まったくもう。あいつと友達ごっこなんて、やってられるか!
でもあいつ、本当に私のこと、名前呼びしてくるのかな。なんでか、胸の奥がざわざわして、ため息が勝手に出てくる。ああ、やっぱりだ。あいつのことが、頭から離れなくなってる。
もしかして……もしかして、式見って……。
次の日。下校途中、私は式見の肩を叩いた。すると、式見がかなり驚いた顔をしてて、ちょっと面白かった。
公園のベンチに二人で並んで座る。昔よく遊んだゾウの形のすべり台が、今ではなんだか小さく見える。
「話ってなに、百里」
式見に急かすようにいわれる。なんだか、心なしか式見の目がきらきらと輝いているように見える。そして、さりげなく名前呼びだ。ぬかりないやつ。
「えっと、『友達』についてなんだけど」
なんて聞けばいいのかわからない。ストレートに聞く勇気が、まだ私にはない。
「式見がなんで私と友達になりたいっていいだしたのか、わからなくて」
「そうなんだ」
「いや、とぼけないでよ」
「えーわかってるくせに」
「わかんないよ。わかんないから、考えたの。すごく」
「うそ。百里はいつも、俺のこと真剣に考えてないよ」
そういい切る式見に、むっとする。いつもからかってきたりと真剣じゃないのは、そっちのくせに。
「あんたのいうことって、いつもわけわかんないじゃん。真剣に向き合うほうが損でしょ」
「だからだよ」
「ん?」
「むりやりにでも二人の時間を作れば、百里は俺のことを見てくれるって思ってさ」
何それ。何がいいたいの。式見はいつも、私に察しろといわんばかりの話し方をする。そんなんじゃ伝わらないんだよ。
もっとはっきり、いってってば。
「ねえ、百里。保育園の年長のときの七夕のこと、覚えてる」
もちろん、覚えてるよ。
お遊戯会で使う大部屋に飾られた、大きな笹。式見は、一番てっぺんの笹の葉に短冊をむすびつけて、真剣な顔で何かを祈っていたよね。あまりにもてっぺんだったから、式見が短冊に何を書いたのか私は知らない。
でも、必死に何かを祈る式見の横顔があまりにきれいで、私は少しだけ見とれてたんだ。
「あの時、短冊に書いた願いごとを俺はずっと叶えようとしてるんだ」
そういう式見の表情は、六歳のころと全く変わってない。真剣で、そしてかっこいい。まっすぐに私を見つめて、式見はいった。
「七夕の願いごとが本当に叶うのか、いっしょに確かめて」
「う、うん」
「願いが叶わなかったら、百里のせいだからね」
いたずらっぽくそう笑むと、式見はベンチから立ち上がった。
日が暮れようとしていた。太陽がのろのろと西に沈んでいく。長く伸びた影が、私と式見の影を平行線にしている。式見だけ、ちょっと長い。夕方の冷たい風が、私の赤い頬を優しくなでた。
式見がゆっくりと私を見下ろす。涼し気な瞳が、戸惑いに染まった私の瞳に重なる。
「そんなに悩ませてるなら、もう友達は止めようか」
「えっ」
「友達はおしまい」
「な、なんで」
「わからない? 俺の彼女になってって、いってんの」
何、それ。
「ムードのかけらもないセリフなんだけど」
「百里にも、ムードいるんだ。いるなら、作るけど」
再び、私の隣に座りこんできた式見。私のアゴをスッとすくいあげ、鼻先をちょんとくっつけてくる。一気に、顔に熱が集まっていくのを感じる。
「ちょ、み、見ないでよ」
「嫌?」
「い、嫌とかじゃなく……」
式見の指先が、私の髪のひとふさを取った。それを自分の口元に持っていく。式見にこんな、王子さまみたいなことをされる日がくるなんて。
心臓がばくばくと太鼓のように打っていて、苦しい。頭のなかも視界も、なにもかも、式見でいっぱいだよ。
「百里。顔、赤いよ」
だって、こんなに近くに式見がいるんだよ。肩はすでに触れちゃってるし。ほっぺたが、式見のとふわりと触れあうたび、心臓がどきん、とはねあがる。もうむり。こんなの、息が止まっちゃう。
「ねえ、俺のこと好き?」
「いや、その」
「そんなに顔真っ赤なのに、まだ好きじゃないとかいうつもり」
「ちが、ちがうけど」
「じゃあ、好きなんだよね? 俺のこと」
逃がさないとばかりに、私の右手は式見の左手にからめとられている。これはちゃんと答えないと、離してくれないな。
昔っから、私は式見のわがままに振り回されていたっけ。
『百里ちゃん、今日はもう少しいっしょに遊んで行こうよ』
『百里ちゃん、今日はその子じゃなくて、俺とこの本を読もうよ』
『百里ちゃん、明日も俺といっしょに遊んでくれる?』
この質問に答えたら私、どうなっちゃうのかな。私、これからも式見とずっといっしょにいるのかな。
それって……。
「ねえ、百里。はっきりいってよ」
「むり」
「はあ?」
「もうむりなの」
「なんでだよ。百里は俺のこと、好きだよね?」
「もうさ、苦しいの。心臓が」
つぶやくようにいうと、式見の息を吸う音が聞こえた。
「私、式見のことが好きなんだ……」
見上げると、泣きそうな顔で式見が笑っている。
「百里。俺も百里が好きだよ。じゃあ、今日から俺たち恋人同士だね」
「でも、やっぱりむり。式見のこと、見れない。心臓が苦しくなるから、辛い」
「あはは」
真っ赤な顔を見られたくなくて、私は式見から顔をそむけた。だけど、式見はいつものよゆうの笑みを浮かべて、またグッと私との距離を縮めてきた。
ああ、もう止めて。
「もーもーり。可愛いね」
ささやくように耳元でいわれる。
「止めてよ、それ。恥ずかしすぎる」
「ふうん。そっかあ。でもさ、止めてっていわれて、止めると思う?」
「……あんたは止めないだろうね」
「だいせいかーい。さすが、俺の百里だ」
すると、式見はニコッと笑っていう。
「ねえ、笑ってよ。百里の笑顔。見たいな。最近は俺の顔を見ても、眉間にシワをよせるだけなんだもん」
「ええ……」
「笑ってくれないと、キスするよ」
「やだ」
「うわあ、傷つく」
「私の言葉なんかで、傷つくわけない。あんたが」
「傷つくよ。百里だもん」
式見の両手で、私の頬がふわっと包みこまれる。
「百里には、俺だけ見ててほしい。これも、いや?」
「いや、それは……」
「じゃあ、今すぐここで笑顔になるか、キスされるか、決めて」
何その、おかしな選択肢。こんなところでキスなんて、ぜったいむり。でも今は、式見に笑顔なんてできない。ドキドキして、恥ずかしくて、心底困ってるんだよ。
「あ、あともう一個、選択肢があるよ」
ふと、思いついたように式見がいった。
「これからは俺のこと、木蓮って呼ぶこと」
「えっ」
「いったよね、友達になるとき。結局、呼んでくれてないけど」
ここまでいわれたら、条件のどれかを飲むしかない。そうしないと式見は一歩も引き下がらないだろうから。
そして、現在ゆでだこ状態の私に選べる選択肢はひとつしかなかった。
「わかった。名前呼びにする」
「ふうん。じゃあ、試しに一回呼んでみて」
木蓮呼びなんて保育園以来すぎて、なかなか口がその形にならない。くわえて、ますます顔が熱くなってくる。
「も、ももももく、れんくん……」
「ふはは、なんで『くん』呼び?」
昔のクセが、こんなときに出ちゃったよ。でも、式見は嬉しそうだ。
「いいね。くん呼びも。懐かしくて」
ふっ、と穏やかな表情で笑う式見。
二人で遊んだ懐かしい公園で、こうして二人でいるなんて、不思議な気分だ。それがなんだか嬉しくて、つられて私も笑顔になる。
「これからは、俺にだけ笑っててほしいなー」
「あんたがイジワルいなくなればね」
「それはむり」
「なんでよ」
「百里が好きだから」
式見の顔が、近づいてくる。ちゅ、と音を立てて、私の頬を何かが触れていった。それは確実に式見のくちびるで。私はついその触れた部分を抑えて、ぼうぜんとしてしまう。
夢、なのかな。信じられない。
私、式見と手をからませて、至近距離で見つめられてる。今日まで式見とずっとずっといっしょにいたのに。昨日までの私とは、もうまるで別人みたい。
長い長い年月をかけて、私は少しずつ式見の毒に侵されていたんだ。式見しか見られなくなる、強力な毒に。
「あはは、かーわいい。真っ赤だね」
「い、いきなり、なんで」
「許可を得てするもんなの、ちゅーって」
「あ、当たり前。漫画でも、していいか聞いてるシーンとかあるし」
「そうなんだ。百里がそういうならそうするよ。じゃあ改めて、もう一回していい?」
「だ、だだだダメに決まってる!」
「なーんだ。じゃあ、勝手にするしかないよね? したいときにできないなんて、俺が可哀想だもんね?」
なんて、またイジワルなこといってきて。もう、もう……こんなやつ知らない!
「恋人になったって、ぜったいあんたのいいなりになんか、ならないから!」
「あはは。やっぱり可愛いなあ、百里は。だから、大好きなんだ」
春になると咲く『シキミ』っていう可愛い花があるらしい。
シキミの実には猛毒があるんだって。だからなのか、シキミの花の花言葉は『猛毒』。
そして、もう一つ。それは、『甘い誘惑』。
シキミは可愛らしい花をつける。それが独特の強い香りを放つことから、神聖な樹木として、神仏に備えられているんだって。
式見木蓮にぴったりの花言葉。
私はゆるやかな毒状態だ。式見の毒に誘われた、あわれなイケニエ。
でも、この毒はとても甘くて、居心地がいい。
こんな毒なら、ずっとそばにいてあげてもいいかもしれない。
おわり
最初のコメントを投稿しよう!