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「自ら死を招く事は間違いなく地獄への片道キップ」
背後からの低い男性の囁きに、女性はゆっくりと振り返る。
祭壇に肘を突き、首筋に当てたナイフを引けば全てが終わる。
だが、それを止める者がいる。
「誰よ、アンタ?」
「死ぬ事を選ぶより、生きる事に価値を見出す事こそ、真の勇気」
女性の問いに答えない。
男性は真っ黒な服に、聖職者には不似合いの明るく茶色い髪をしていた。
「天国も地獄もありはしない。死ねば待っているのは混沌とした闇。何を望むのか知らないが、お前の望むものなどこの先にはない」
抑揚のない、感情のこもらない台詞に声。
「それでも死を選ぶのなら、今ここでそのナイフで首を掻き切ればいい」
男性の、女性を見据える瞳は揺るがない。
死ぬ事を止める立場にある男性だったが、彼の言葉は確実に女性を死の道へと導いている。
「死んだ事のないアンタに何が分かるのよ?」
今まで首筋に当てていたナイフの切っ先を、すっと男性の方へと向ける。
だが、彼は怯えるどころか、堂々とした出で立ちを崩さない。
「何も分からないさ。死にたいと思う者の気持ちも分からない。なぜ、死に急ぐのか……」
「アンタなんかには分からないでしょうね!」
女性は祭壇にナイフを突き立てる。
切り裂かれたのは時間と空間。
未来と過去。未来が今に変わり、今と云う瞬間が過去へと変わる。
死にたいと願う者。そしてそれを疑問に思う者。
2人の間にあるのは目に見えない距離……
いつまでも永遠にクロスしない気持ち……
ちぐはぐな感情、想い……
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