2:自由

1/1
前へ
/8ページ
次へ

2:自由

あ、また、外見てる。 わたしの視線の先にあるのは、柳瀬(やなせ)くんの大きな背中だ。 彼はいつも、東校舎(ひがしこうしゃ)二階の教室の窓から、外を眺めている。 そこだけ、空気が違うことがすぐにわかる。 中学校のがやがやした教室じゃなくって、ビジネスビルだとか、大きな病院の一室だとか、そういうちょっぴり、落ち着いていて、わたしにとっては、手や足がむずむずしそうな場所を連想(れんそう)してしまう。 「なに、見てるんだろう」 最初は、そんな小さな好奇心(こうきしん)だったはずなのに、いつからか目が離せなくなっていた。 窓の外を眺める彼の、ごろっとしたノドボトケと、赤ちゃんみたいな柔らかそうなほっぺたの非対称的(ひたいしょうてき)な感じ、ええっと、こういうのアンバランスっていうんだっけ? そういうのが、なんだかすごくいい。 彼の、穏やかで優し()な視線の先にあるものを想像するたび、わたしのなかでは、むくむくとよくわからないものがふくらんでいった。 ねえ、視界にはなにが入っているの? いったい、なにをみてそんな表情しているの? 「なにが見えるの?」 あるとき、教室にいる人の数が少ないタイミングを狙って、わたしは思い切って柳瀬(やなせ)くんに尋ねた。 「自由が見えるんだ」 彼は、ちらっとこちらを見てそれだけ呟くと、また沈黙(ちんもく)を守り、視線を窓の外へと戻してしまった。 ……自由? その二文字が頭のなかをぐるぐるまわる。 彼は不自由なんだろうか? そんなことを考えてみるけれど、真相(しんそう)はわからない。 ただ、それからというもの、教室の窓の向こうに見える風景が、銀色のフチに四角く切り取られてしまったような気がしてしまう。 本当は、無限(むげん)に広がっているのに、わたしたちが見ることができるのは、ほんの一部分だけ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加