恒例行事

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恒例行事

わたくしはいつでも清廉潔白 淑やかに健やかに 立ち居振舞いも美しく どんなときでも冷静沈着 にこやかに微笑んでいれば ほらいつだって どこからどう見ても 立派なお嬢様 だけど彼の前だと どうがんばっても うまく振る舞えない 「お嬢様は私の前だと全然笑ってくれませんね」 「…笑えるわよ」 「じゃあ、笑ってくださいよ」 「あとでね。あ、今日は外でお茶にしましょうよ」 「少し肌寒いですよ?」 「平気よ。ケープを羽織るわ」 「かしこまりました。では、フォンダンショコラとウバのミルクティーにいたしましょう」 「いいわ。よろしくね」 こんな些細なやりとりだけでも わたくしの心臓は跳ね上がる きっと 彼は気づいていない 中庭には椿が咲き誇り ほんの少し冷たい風が頬を撫でる 運ばれてきたお菓子と紅茶セット 執事の彼がいつもどおり 紅茶を淹れミルクを足す そしてフォンダンショコラを フォークとナイフで切り分け 「さ、口を開けてください。お嬢様」 「な、何を言ってるの!」 「今日はバレンタインデーですから、特別に私が食べさせてあげましょう」 「じ、自分で食べられるから!」 「そんな遠慮なさらず、冷めてしまいますよ」 毎年こう 彼がわたくしの執事になってから なぜかバレンタインデーのティータイムだけ 食べさせたがる その度に断るけれど結局押しに負けてしまう 「美味しいですか?」 「…おいしいわ」 「あ、口の端にチョコレートが」 「え」 彼の親指がわたくしの唇の端にふれ その拭ったチョコレートを自らの口に運ぶ 「あぁ、やはりうちのパティシエは良い仕事をしてますね」 何事もなかったかのような顔をして笑わないでほしいわ わたくし 今どんな顔をしているのかしら 「お嬢様は本当にお可愛らしいですね」 「そのようなこと、嫁入り前の娘に言うものではないわ」 「そうですか?ところで私はいつになったらバレンタインデーの贈り物をいただけるのでしょうか?」 「え?」 「もう何年もずっと待っているのですけど」 本気なのか冗談なのかわからない 少しはわたくしも期待していいのかしら 「まぁ、そのうちね」 そっぽを向いて答えるわたくしの背後でクスクスと笑う声が聞こえる 「期待してますよ」 わたくしはカップに残った紅茶を 慌てて飲み干した
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