朴念仁にマカロンを

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 暦上は立春を過ぎて、畔道に疎に生えた款冬(かんとう)やらで小さな春を感じつつある今日このごろ。とはいえ、その移行も緩やかなもので、依然吐息は白く、眼鏡レンズの結露には悩まされる。なので、生物としての本能に従い寒さを凌ぐように布団に籠ってしまっても致し方ない。致し方ないのだが。 「……今日、月曜か」  ジリジリと鳴る目覚ましを止め渋々リビングへ向かう。流石に寒いからといって学校をサボタージュするほど俺の肝は据わっておらず、若くして慢性的サザエさん症候群を抱えてしまったが、きっと世の学生の大半はそうだろう。……たぶん。  そんなどうでもいいことを考えていたからか、リビングに入るなり妹の楓から冷ややかな視線を向けられた。 「……お兄ちゃん顔洗ってきなよ。前髪とかもうエキサイティングって感じだから」  そう言うやいなや。「朝の挨拶はオハヨウだゾ☆」なんて言う隙も与えず、蠅を払うように俺を洗面所へと追いやると、楓は満足気にリビングへと踵を返した。もしかしてお兄ちゃんのこと嫌いなの?  先日ハンドソープで顔を洗っていることがバレた俺は、妹から下賜された洗顔フォームでちまちま顔を洗い髪を適当に梳かすとリビングへ戻る。勿論洗顔フォーム代は小遣いからの天引きなのは言うまでもない。 「うわぁ……。お兄ちゃんこれは無いよ」  広目天像の如き姿勢で待ち構えていた楓は十八番となりつつある頭痛いのポーズをした後、ポケットから櫛を取り出すとヘアセットを始めた。どこがダメだったのかしらなんて聞こうものなら十箇所は指摘されるのは目に見えている。 「う〜んと……これでよし!」  何が変わったのかイマイチ分からないがイマドキJKに任せておけば問題はないだろう。 「そいやさ、なんで態々俺の髪なんてセットしたんだ?」 「……お兄ちゃん。カレンダー見てよ」 「二月一四日だけど、どった?」 「ほ、ほら。バレンタインだよ! バレンタイン! だから……お兄ちゃんには例年通り色々と貰ってきてもらわないと。あ、できれば良さそうなのあったら楓にも回してね」  楓は可愛らしい笑顔を浮かべていたが、言ってることは控えめに言ってアレだ。とはいえ、そんな彼女に献上すべくエコバッグを二枚もリュックに詰めた俺は、それ以下かもしれない。
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