老桜の見守り人

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「……でも、君はそれを今まで隠してきた。それなのに、我々に明かしてしまっていいのか?」 「キクさんからは、他の人には黙っていたほうがいいと言われましたけどね……」  千尋は、キクから聞いた木霊の話をする。  彼女だけに秘密を打ち明けたことや、権力者だけには絶対に気付かれてはいけないと忠告をされたことも。 「私は、お二人のことを信用しています。ですから、このことは……」 「……皆まで言わなくてもわかっている。俺は他言しないし、千尋の信用を裏切るようなことも絶対にしない」 「もちろん、私もだ」  千尋から初めて秘密を打ち明けられた章吾は胸が熱くなり、大吾は喜びを隠しきれない様子。 「それよりも……この話は、章吾兄も初めて聞くのか?」 「ああ、そうだが……それがどうかしたのか?」 「いや、何でもない。俺の勘違いだ……」  フフッと大吾は自虐的に、でも嬉しそうに笑った。 「私が、なぜお二人にこの話をしたかと言いますと、これからの作業を円滑に行うためです」  作業のためと言われ、二人の顔が一瞬で引き締まる。  喜助の説得には成功したが、大事な本番はまだこれからなのだ。   「私はこれまで、いろいろな植物の気持ちを感じ取ってきました。しかし、今回初めての現象が起きたのです」 「まさか、それがさっきの『桜の木が言っていた』って……」 「桜の木と、会話ができました」 「「会話!?」」  昨日、何気なくいつもの癖で桜の幹へ手を置いた千尋は、不思議な感覚に襲われる。  突然、耳ではなく直接頭の中に声が聞こえてきたのだ。  そして、その声の(ぬし)は桜であると理解する。  初めてのことに戸惑う千尋に、桜はお構いなしにあれこれ申し付けてきて、少々翻弄されてしまった。 「対話ができた理由ははっきりしませんが、おそらくは樹齢の長さが関係しているのではないかと……」 「長き時を生きる彼らとは、直接会話も可能か……すごいな」  樹医をしている章吾にとっては、喉から手が出るほど欲しい能力だ。 「それで、はっきり言いますと……桜の木の状態は良くないです。だから、撤去作業はできるだけ速やかに、しかし、その後の剪定は慎重に進めていかなければなりません」  千尋の口から『状態は良くない』の言葉が飛び出し、事の重大さが嫌でも伝わる。  章吾と大吾は、改めて気を引き締めた。 「土壌の改良と保護作業は、章吾さまに全面的にお任せします。私は木と会話しながら大吾さまへ剪定してもよい枝を伝えますので、慎重に作業をお願いします」 「わかった」 「そこまでしてもらって失敗するなんて、植木屋の名折れだ。俺に任せてくれ!」 ◇  章吾の指示のもと、まずは覆いと盛り土の撤去、合わせて土壌の改良が速やかに行われた。  撤去には喜助も参加しており、黙々と作業を手伝う姿を、村長が目を丸くして眺めている。  千尋は作業の合間に幹に手を当て、木の状態を章吾へ伝えていた。  こうして、初日の作業は無事に終わり、千尋はひとまず安堵の息を吐いたのだった。    ◇  日が西に傾き、皆が帰ったあとに聞こえてくるのは、鳥の鳴き声と虫の()だけ。  そんな秋の風情を感じながら、三人は桜の木の下にいた。  根本の周囲には簡易的な柵が設置され、根を守っている。 「……なあ、聞いてもいいか? 木と会話するって、どんな感じなんだ?」  大吾は気になって仕方なかったことを、思い切って尋ねてみた。 「簡単に説明すると、口で言葉を交わすのではなく、心で会話をしているような状態です」 「『心で会話』かあ……」  俺には全く想像できん!と大吾は首を振った。 「普段より疲れているように見えるが……その力を使うと体に負担がかかるとか、無理をしているのではないのか?」  心配そうに助手を気遣う章吾へ、千尋はにこりと笑う。 「私が疲れているのは、別の理由です。人でも、お年を召した方の中には他人の話を聞かなかったり、我が儘な方もいらっしゃいますからね……お相手をするのは、なかなか疲れるのですよ」 「あはは! どこぞのじいさんやおじいさまと同じってことか……」  苦笑いを浮かべる千尋と、腹を抱えて笑う大吾の頭に、小さな衝撃が走る。  コツン、コツンと落ちてきたのは、小さくて細い枯れ枝だった。 「ん? どこから飛んできたんだ?」 「そんな強い風も吹いていないのに……」 「……桜の仕業です」 「「桜?」」  首をかしげた二人に、千尋は神妙な顔で告げた。 「大吾さま、一緒に桜へ謝りましょう。このまま機嫌を損ねられたら……非常に困ります」 「そ、そうだな」  千尋と大吾は、内側の柵の手前で姿勢を正し桜の木へ向き直る。 「少々、言葉が過ぎました。申し訳ありません」 「すいませんでした!」  二人が深々と頭を下げると、今度は葉がひらひらと落ちてきた。 「どうやら、機嫌を直していただけたようです」 「……それは良かったな。では、我々も帰るぞ」  章吾の号令で、三人は一斉に歩き出す。  外側の柵へ向かいながら、千尋は頭の中でこれからの宿での行動計画を立てていた。 (夕食前にお風呂へは絶対に入りたいから、部屋へ戻ったらすぐに着替えを出して、それから……) 「なあ、思ったんだけど……あんなことができるなら、桜の木に自分で不要な枝を落としてもらえば早いんじゃないのか? おまえだって、絶対にそう思っただろう?」 「「…………」」 「章吾兄も、そう思わなかったか?」  大吾からの問いかけに章吾は聞こえなかったフリをし、同意を求められた千尋も決して頷くことはなかった。    そして――――大吾の頭に、先ほどより多少大きくなった枝が落下するのは、あと数秒後のこと
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