神隠し

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神隠し

 千尋が高鷲家を出てから四日、変わらず章吾は仕事に勤しんでいた。  大吾と加代は、今度の休みに千尋の家へ遊びに行く計画を勝手に立てている。  章吾から「事前に手紙か使用人を送って(千尋の)許可を得てからにしろ」と注意されたが、どこ吹く風。  手土産には何を買っていくかで揉め、章吾を呆れさせている。  その日の夜遅く、章吾と大吾は賢吾の私室に呼び出された。  表情の硬い兄に何事かと首をかしげる弟二人へ、賢吾はおもむろに口を開く。 「おまえたちへ、単刀直入に聞くぞ。千尋ちゃんは、今どこにいるんだ?」 「はあ? どこにって、アイツの実家に決まっているだろう?」 「兄さんの質問の意図が、よくわからないのだが?」 「……その反応、二人とも『シロ』だな。良かった……」  ホッと胸を撫で下ろす賢吾は、ふう…と大きな息を吐く。  様子のおかしい兄に、章吾は嫌な予感がした。 「もしかして……千尋さんに、何かあったのか?」 「えっ……賢吾兄、そうなのか!」 「実は今日、三条家の秀雄さまから使者を通じて内密に問い合わせがあった。『千尋ちゃんの行方を知らないか?』と」 「!?」 「『行方を知らないか?』って、どういうことだよ! 千尋は、実家に帰ったはずだろう!!」  (いき)り立つ大吾を「少し落ち着け」といなし、「他言無用で、加代とおじいさまへは絶対に内緒だぞ!」と釘を刺した賢吾は詳細を語り始めた。  あの日、高鷲家を出た千尋は実家へ帰った。  その日の午後に店主とも会っているため、家に戻ってきたことは間違いない。  しかし翌日の朝、再び店主が家を訪れた時には、家の中はもぬけの殻になっていたとのこと。 「まさか、誰かにかどわかされたのでは……」  章吾は顔を青ざめさせる。  あのとき胸騒ぎがしたのは、これだったのか。  今すぐにでも、街へ千尋を捜しに行きたい。  居ても立っても居られなかった。 「それがな、使いの者が話していた感じでは……千尋ちゃんが、自ら家を出たようなんだ。どうやら、うちが(かくま)っているのではないかと、疑っているようだった」 「だから、俺たちを疑ったのか?」 「まあ、そういうことだ」  二人のうちのどちらか、もしくは共謀して千尋をどこかへ匿っているのではないかと心配をしていたと賢吾は語る。 「居なくなったのが帰った日の翌日ってことは……行方不明になって、もう三日だぞ!」  そわそわと落ち着きがなくなった大吾を横目に、章吾は少しでも情報を集めようと口を開く。   「……彼女が居なくなった理由に、あちらは心当たりがあるのか?」 「そのことについては何も話してもらえなかった……が、僕が気になったから、三条薬房の周辺で少し探りを入れてみた」 「何だったんだ?」 「使用人の話では、店主が今の許嫁との婚約を解消して、前の人と()りを戻そうとしているらしいと……」 「…………」  自分の胸騒ぎはこれを暗示していたのだと、章吾は天井を仰ぐ。  千尋を(ないがし)ろにし勝手放題の三条家へ、初めて強い怒りを覚えた。 「三条薬房の店主は、最低のクソ野郎だな!」 「大吾……気持ちはわかるが、言葉を慎め」  拳を握りしめ憤りをあらわにする大吾に、賢吾は自重を促し話を続ける。  三条家が血眼になって都中を捜索していること。  もし千尋から連絡があったり街中で見かけたときは、すぐに三条家へ連絡してほしいと依頼されたことを賢吾は一気に話し終えた。   「賢吾兄には悪いが、俺は千尋を見つけても三条家へは帰さないからな」  大吾の宣言に、同意と言わんばかりに大きく頷いた章吾。  そんな弟たちを見やった兄は、はあ…と深いため息を吐いたのだった。  ◇  千尋の行方がわからないまま、一週間が過ぎた。  章吾も大吾も仕事の合間や休みの日に街へ出かけては、千尋の姿を捜している。  二人は、千尋が助手の恰好をして逃亡していると確信していた。  賢吾も三条家への手前表立っての行動はしていないが、千尋が少年の姿でいる情報を秘匿し、三条薬房の動向を探っては二人に情報を提供している。  加代や吾右衛門へは、千尋の仕事が忙しいから当分訪問はできないと、兄弟で口裏を合わせていた。  ◇  千尋のことが心配で夜もあまり眠れない章吾だが、晩秋から冬にかけてのこの時期は、樹医の仕事の繁忙期でもある。  そんな忙しい章吾に新規の客から依頼が入ったのは十一月の中旬、千尋が行方不明になって十日が過ぎたころだった。  顧客からの紹介ではなく、直接、高鷲材木店へ持ち込まれた仕事。  しかし、賢吾は依頼人の名を聞くなり顔色を変えた。 「なに、伊西(いさい)家だと? あの、伯爵家のか?」 「住所を見る限り、そのようだが」  使いの者と直接面会した章吾は、書類を見ながら兄へ報告をする。  相手が高位の華族だろうと、章吾のすることは他の客と何ら変わらない。  粛々と己の仕事を全うする、ただ、それだけだ。 「別宅にある庭木を診てほしいと言われた」 「別邸か……たしか、前伯爵夫人が一人で住んでいるはずだ」  賢吾は、自身の記憶を手繰る。 「おまえ、この依頼は絶対に成功させろ。あわよくば、伯爵家と繋がりができるかもしれないからな!」 「ハハハ……わかった」  高鷲材木店の顧客の中で、華族の最高位は子爵家。  その上の伯爵家との繋がりを期待し鼻息の荒い兄に、章吾は苦笑しながら頷く。 「しかし、紹介も無しにおまえへ直接依頼が入ったのは、なぜだ?」  樹医という仕事は、世間にはそれほど認知されていない。  そのため、仕事の依頼はほぼ客からの紹介で占められているのが現状だ。  しかも、依頼主が高位の華族であることに、賢吾は首をかしげる。 「私も気になって尋ねてみたら、あの御神木の件を知人から聞いて、依頼をすることにしたと」 「……と言うことは、例の『華族の遠戚である氏子』の関係かもしれんな」  ふむふむと思考の海に沈んだ兄を眺めながら、章吾は御神木の件を思い出していた。  紅葉の御神木の心を読み取った千尋のおかげで依頼を無事終えることができ、それが、今回の依頼に繋がった。  三条家からの横槍が入らなければ、今も自分の隣には千尋が居て、この依頼を一緒に受けていたはずなのに。  華族のお屋敷ともなれば、珍しい植物が植えられているかもしれない。  目を輝かせて手帳に記入していた千尋の顔が思い浮かび、章吾はグッと歯を食いしばる。  最大の功績を残した千尋がこの場にいないことが、章吾はただただ悲しかった。
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