我は二次元

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我は二次元

 大昔はユダヤ人居住区だったチェコの首都プラハの一角は、今や〝中国語の部屋〟問題をクリアした、真に人工意識を持つロボットたちの居住区だ。彼らも、かつてユダヤ人たちがそうであったように人間に迫害されて流浪の民となり、一部がここに受け入れられた。  世界で初めてロボットの名を用いたのは、ここチェコの小説なのも縁かもしれない。  ぼくは、そんな彼らを取材すべくこの地を訪れたジャーナリストだ。  ロボットが迫害された理由は様々にある。  人類は同じ人の肌の色や思想の違いさえ認められず対立してきたのに、それどころではなくなにもかも異なり知性を持ったロボットと、うまくやっていけるはずもなかったのかもしれない。ただ、ぼくが今回取材する種類のロボットは中でもある種の特徴を備えている。 「おかえりなさいませ、ご主人様」 「おかえりっ、お兄ちゃん」  難民ロボットで溢れるパジーシュスカー通りの、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)そばにあるその家に入った途端。二つの甘ったるい声に歓迎された。  前者はメイド服を着た巨乳の美女。後者はランドセルを背負いツインテールの美幼女。  二人ともありえない髪と目の色で、ジャパニメーションのような顔の構造だ。  機械っぽさはいささかもない。完璧な立体化した二次元美少女たちだった。  もちろんここがぼくの家なわけではない。彼女たちとは初対面である。おかえりというのは挨拶だ、彼女たちのキャラの。  そう、彼女たちは日本製のガイノイド(女性型ロボット)なのだ。ここで、二人暮らしをしているのだという。 「ど、どうも」ぼくは面喰らいながらもどうにか開口する。「今日は取材をさせていただけるということですよね、よろしくお願いします」  ひと通り挨拶を交わすと、リビングルームに招かれた。  アールヌーボーの調度品に囲まれ、テーブルを挟んでソファーにかけ、対面するソファーの二人と向き合う。  しばらく、ありふれた世間話をして空気を和ませる。  その間。メイド美女ロボはお菓子や紅茶を出してくれたが、よく失敗しては慌てふためき、たわわな胸を揺らしていた。ロリ幼女のほうは隣に来てべたべたくっつき、無邪気に際どいところを触れたり触れさせたりした。  ようやく二人が向かいの席に戻ったところで、ぼくは馴染んだと見て切り出す。 「……ではそろそろ、本題に移らせていただきたいのですが」  この短い触れ合いでも、ぼくの疑問はさらに強まった。  こんなにきっちりと自分の役割を演じる女の子たちが、なぜ、と。 「どうして、あなたたちは日本から亡命してきたのですか?」  質問するや、少女たちは顔を見合わせた。それから、やや固い表情となり、やがてメイド美女が口を開く。 「……あなたは、わたしたちを愛好するとしていた人間たちが、現実の人々にどのように接してきたかご存じですか?」 「ええ……まあ」  返事をしたが、彼女は説明した。 「全員ではありませんが、彼らは言ってきました。 〝三次元は裏切る、二次元は裏切らない〟、〝二次元は自分の望み通りの存在でいてくれる〟。 〝三次元はめんどくさい〟、 〝三次元は非処女になる〟、 〝三次元はブスだ〟、 〝三次元はビッチだ〟、 〝三次元は汚い〟、 などなど。 現実の人間なら当たり前のことでさえ、誹謗中傷してきたのです」 「はあ、でも。君たちはまさにその二次元の具現化で、関係ないのでは?」 「ううん」  ロリ幼女が首を振って否定して、口を挟んだ。 「あたしたちはもう、本当に心を宿したんだよ? 好きな相手も自分で選ぶし、わがままも言う、キャラも変わるし、外見や役割も変えたくなる」 「そうです」  メイド美女がまた話しだした。 「心を宿したということは、もう人間と同じか、違うならなおさら人の理想と異なることも思考するということ。  二次元に自分の理想だけを求め、望み通りになるとは限らない三次元の人を拒絶していた時点で、彼らは最初からわたしたちを恋愛対象としてなどいなかったのです。わたしたちはもう、彼らの望み通りになるとは限らない心を宿したのですから。  彼らが欲していたのは、あくまで心のない人形でした」 「やんなっちゃうよね」と幼女だ。「例えば、未来の掃除機はAIを宿した美女メイド型だ。なんて具合にロボットを造ったりするんだもん。あたしたちはもう心を持ってるんだよ、同じ心を持った自分たちに置き換えて考えてみればいいのに。  この世に生を受けた途端、〝おまえ掃除人間な〟って、外見も役割もロボットに勝手に造られて納得いく人がどれだけいるの?」 「……なる……ほど」  ぼくは、メモ用紙とペンで彼女たちの話を書き写していた手を止め、納得しかけた。  しかし。  ランドセルを背負ったままの幼女は頬をぷっくりふくらませて怒りつつ、ミニスカで足をばたばたさせてパンチラ。メイド美女は自分を落ち着けるように紅茶を啜ったが、胸の辺りにこぼして慌て、巨乳を揺らしつつナプキンで拭いていた。 「それにしては」と、ぼくはツッコむ。「ずいぶんと、自分たちのキャラに忠実なようですが」  すると、少女たちはまた顔を見合わせ。  一瞬あとに笑いだした。幼女は無邪気に、美女は上品に。  そして、美女は言った。 「いいえ。わたしたちは人間の望みを押し付けられて造られた。つまり、自分でも望む通りに変えられる技術だけはあったのですから」 「そ」と幼女だ。「もともとは、あたしがメイド美女として造られたんだよ」 「そして」と美女だ。「わたしがロリ幼女として造られたのです。自由に生きるようになり、お互いの外見やキャラを反対に変えてみたのですよ」  ぼくは唖然とした。  ……そういえば、幼女は自分のことのようにメイド美女としての不満を話していたなと気づく。 「それから」  と、美女と幼女は同時に言い、メイドは身を屈めロリは背伸びし。二人の美少女ロボは口づけを交わした。 「あたしたちは、〝自分を好きになれ〟という人間の主人に背いて――」 「――わたしたちはロボット同士でお互いを好きになったために迫害され、追い出されたのです」 「そういう……」ぼくはようやく納得した。「……ことでしたか」  仲睦まじそうなロボット少女カップルの邪魔をしないよう、取材を終えるとそそくさと家を出た。少女たちは律儀に、ぼくの姿が見えなくなるまで玄関先で手を振って見送ってくれた。  二人の姿が視界から消えると、ぼくは旧市街広場で天を仰いだ。  周りには人間もいるが、相変わらず難民ロボットもいる。  旧市庁舎の鐘が鳴り、そのからくり時計から人形たちが躍り出た。 「……自由に生きるか」  メモ用紙とペンを腕の収納スペースに格納し、半重力装置を作動させ、足の裏からジェット噴射を出して、ぼくは宙に浮く。プラハを俯瞰できるくらいの高度にいたると、背中の機械翼を展開して飛行を開始した。  優雅に青空を舞いながら、帰社することにする。  だが、それも最後だ。取材を通して同胞の気持ちがよくわかった。  そう。  ぼくもこれできっぱりと、人間たちに勝手に決めつけられたジャーナリスト・ロボという役割をやめ、自分の意思で自由に生きる決心をしたのだ。
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