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今日もまた喧嘩をしてしまった。
間違えてばあちゃんが嫌いな物を出してしまったから。
「はあ。じゃあ食べんで」
子供の食事を取り上げるように、私は皿を流しへ持っていった。
今日はヘルパーさんが来ない。病状が安定して、一人でも問題ないからと私が話しておいたから。
仕事を休んでいることもあって、出来るだけ節約しなくてはいけなかった。
厳しい状態だけど、私には楽しみがある。彼と歩くだけの時間だ。それだけが楽しみで、直前には学生みたいに緊張してしまう。
いつも通りの時間に彼がやってきた。
でも、残業の途中で抜けてきたそうで、早めに帰ってしまった。
少し物足りなかったけど、また明日も会える。ここ最近毎日顔を出してくれるから、文句は言わない。いつも彼と行くスーパーに寄って、明日の分の食材を買う。
ばあちゃんが嫌いな物は初めから買わないほうがいいな。私も好きってわけじゃないし。
そして家に帰る。
いつもの帰り道、いつもの風景。いつもと変わらず、テレビからバラエティー番組の笑い声が聞こえる。
居間に入ると、ばあちゃんはテレビに向かって眠っていた。
毎日見てるから見飽きているのだろう。ついウトウトして眠ってしまったのだろう。
安定してきたというのに、これで風邪でも引いたら洒落にならない。レジ袋を台所に置いて、居間の座布団に放置してあったブランケットを拾い上げた。
そして、ばあちゃんの後ろから肩に掛けた。
――――――――ん?
何か変だ。
何かがおかしい。
トキンッと心臓が冷えていく。
おかしい、絶対に。
何で動かないんだろう――。
「捜査の状況については追ってお知らせします。マンションに帰ったほうがいいのでは?」
「――はい」
「よろしければお送りしますよ。さあ行きましょう」
「――はい」
私は久しぶりにマンションへと帰った。長らく実家にいて、人気のない部屋はとても恐ろしかった。
今日こそ彼にいてほしい。メッセージも電話もメールも無反応。今日に限ってなんで……。
一人ぼっちの部屋で、私は震えていた。
彼から電話が掛かってくるかもしれない。
プルルルルル。
何度も何度も同じ番号から掛かってくる。警察みたいだ。
今の状態で協力なんてできない。捜査の進展なんて聞きたくない。彼がいないと、とても耐えられそうにない。顔を見るだけでいい。声を聞くだけでいい。なんでもいいから彼に会いたい。
ピーンポーン。
強く心臓が跳ねた。立ち上がり短い廊下を走った。
きっと彼だ、やっと来てくれたんだ。何をしてたんだろう、絶対に文句を言ってやる。
でも会えるんだ。やっと、会えるんだ。
鍵を開ける時間すらもどかしい。
ガチャン――。
ノブに手を掛け扉を開け放った。
私が期待したのは彼の影。半ば確信していた視界には幻覚に見えた。
女性が驚いた顔で私を見ている。あの時実家から私を送ってくれた人だ。その後ろにはおじさんが1人。誰?
彼はどこに行ったの?何で彼じゃないの?お願い、お願いだから来てよ。
「嫉妬。そう言っていました」
嫉妬――?
私の家族に?
彼女の家族を殺してしまうほどの嫉妬?
ばあちゃんの話ばかりしていた。私は私の事ばかりに気を取られていた。2人の時間はあの散歩だけ。
私は不器用だから、言葉よりも先に考えてしまう。考えてしまうから余計に辛くなる。迷惑を掛けたくない。重荷に思われたくない。私の問題で彼を傷つけたくない。
塞ぎ込んでいた時に彼がくれた言葉。
「僕は辛いよ。話してくれない?」
彼を巻き込みたくないと思って、体が勝手に遠ざけてしまっていた。悪い癖だった。
だから、荒んでいた心に染みた。
彼の事も苦しめていたんだと反省したし、彼の優しさに安らいだ。
心の底からありがとうと思った。
「苦しみを共有してくれないのが辛いよ」
そういう意味だと思っていた。
――だから話したのに。
ごめんなさいばあちゃん。私がバカだった。ばあちゃんは彼の事を嫌ってたよね。ダメだって言ってたよね。
もっと詳しく言ってほしかったな。
嫉妬深い男だから気をつけろって、ちゃんと言ってほしかったな。
ばあちゃんは大雑把だから、伝わると思ってたんでしょ。そんなん伝わらんよ。
本当にごめんなさい。最後があんな別れなんて。
ごめんなさい……。
ごめんなさい、本当に。
――ばあちゃん、お願いだから帰ってきてくれんね。
「なぜ自白を?」
「アンタがババアの話ばっかりするから……」
「どういう意味ですか?」
「アンタもババアの話ばっかりだ。殺したのは俺だってのに」
「ではアナタの話を聞かせてください。何故殺したんですか?彼女さんの親のような人ですよね」
「ババアの話ばっかりだった。電話もメールも応えてくれない、メッセージもシカトする。俺が励ましてやってるのに、ババアの話ばっかり。そんなに辛いんだったら殺してやる、そう思っただけだ」
「つまり嫉妬、ですね」
「違うっ!アイツの為に殺してやったんだ」
「嫉妬に狂い、彼女さんの愚痴を正当化の材料にしている。私にはそのように聞こえます」
「――――いいだろ別に。男が嫉妬しちゃイケないのかよ」
「殺す事がイケないんですよ」
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