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「今日はありがとう。お互い良かったわね。ただの付き合いだもの。君もそうだったんだんでしょう? 他の人たちがうまくいけばいい。それでいいんでしょう? 私たちの役目は終わりよ。あまり者どうし。私たち、ちょうど良かったじゃない」
「そうですけど。僕は絵里さんに会えて良かったと思っています」
「私はあの場所で君を選んだ。でも君のことを気に入った訳じゃない。由香里や香奈のように、無邪気に振舞うことなんか出来ないし、私は3人の中から一番大人しそうな君を選んだだけ。君を好きになることなんて1ミリもない。ちょっとイケメンの医学部生だからって私は惹かれたりなんかしない。そんなことで、私は心が揺さぶられたりすることなんてないから」
「僕だって合コンってガラじゃないんです。人見知りだし下心丸出しのバカ騒ぎなんて苦手ですから。でもメンバーが足りないって、無理矢理参加させられて・・・」
「今さら別にどうでもいいことじゃない。私も同じようなもの。何とも思わないわ。本当にどうでもいいことよ。さよなら。勉君」
長い髪を揺らして僕に背を向けると、彼女は早足に去っていった。僕は思わず駆け寄って地下街の雑踏の中に紛れ込んでゆく彼女を引き留めた。
「絵里さん!」
彼女は足を止めた。そしてふり返った。
「まだ何か?」
「僕は絵里さんに会えて本当に良かったと思ってる。絵里さんは素敵です。僕と付き合ってもらえませんか」
目を丸くしたあと、彼女は肩をすくめてクスクスと笑った。
「私の言葉、ちゃんと聞いてました? 私と付き合いたい? ごめん。今の私には音楽のことしか興味がないの」
「それって音大生の宿命なんですか?」
「君は何か楽器を演奏できる?」
「え? いや、何も・・・」
「なおさら。私たち、何の共通項もないってこと。由香里や香奈みたいに演奏もして恋愛に興味を持つ子もいる。でも私は違う。私が全身全霊をかたむけているものは音楽だけなの。いいわ。丁度いい。勉君、ちょっと付き合ってもらえる?」
僕は頷いた。彼女が歩き出し、僕はついていった。地下街を抜け、間接照明で照らされた広い地下連絡通路を歩くと人がまばらになった。両サイドの所々に高級なブティックや、レストランが佇んでいる。彼女はある店の前で立ち止った。"spiral"とネオンサインが蒼く灯る高級なカェフェバーの前で。
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