0人が本棚に入れています
本棚に追加
東北とは言え、梅雨時期は蒸し暑い。今日はさほど気温は上がっていないが、代わりに大粒の雨が降り続いている。なんでこんな時に、と思った。
「すごい雨ですね」という晴翔。
「ああ」と課長は口の中で返事を返した。課長は晴翔に視線を向けて、言葉を続けた。
「今週、ずっと疲れているように見えた。何か悩みでもあるのか」
「ありがとうございます、でも」
大丈夫です、と晴翔が言いかけた言葉を、課長は手を上げて遮った。
「いや、真面目な君が上の空で、珍しいと思ってな」と言い、課長は白髪を手櫛で整える。
「……先月友人が亡くなり、日曜に訃報を聞きました。動揺してしまって」
課長の目に悲しげな影が差し込んだ。
「気の毒に、まだ若かったんだろう?」
「同い年なので、享年24歳です」
「そうか……」
滴る雨水を眺める。低いバリトンが心地良い声で、不思議と心が落ち着く。
「高校で知り合って、同じ吹奏楽部で、同じサックスのパートだったんです。私は中学から経験があり、彼は未経験でした。でも彼の上達は物凄く、2人でコンクール・メンバーに選ばれました」
「良いパートナーだな。当然、練習も二人でしたわけだ」
「ええ。好きなサックス奏者のジャズを、二人で練習していました。卒業後、私は県内の大学に進学して、彼は上京し就職しました」
「卒業後も仲良くやってたのか?」と課長が聞く。
「その時点ではまだ良好でした。彼が帰ってきたらドライブに出かけたりしてたくらいで。3年前、私が大学4年次に些細なことで喧嘩をして、そこから疎遠になってしまったんです」
目の奥にかすかに痛みを憶え、その痛みは鼻へと向かう。幼い頃、涙を流す前に同じ感覚だったことを思い出す。しかし、涙は出なかった。
最初のコメントを投稿しよう!