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その言葉は前方から聞こえた。ゆっくりと、目を開く。
下げた眼前に、ひとりの少女が立っていた。
厚手の上等なコートをまとった彼女は、あまりにもこの場所にそぐわない柔らかな雰囲気をまとってそこにいた。
あれほどうるさかった観衆の狂乱する声が聞こえない。そもそも、この場所に立てるのは命を奪うものと奪われるもの、罪を裁くものと裁かれるものだけのはずだ。
リトヴァはゆっくりと周囲を見回す。自分の首を台座へ押し当てようとしていた執行人はこちらへ手を伸ばし、リトヴァの頭に触れるか触れないかというところで不自然な姿で固まっている。断頭台を囲む聴衆たちは口々に何かを叫ぶために大口を開け腕を振り上げてはいたものの、総じて微動だにしない。
「ここで命を散らすこともいいけれど――、手伝って欲しい」
降りしきる雪は宙にとどまり、動くものは少女と自分のふたりだけになっていた。
異常なことが起こり続けて、半ば夢のように思えていた。死ぬ前には走馬灯を見るというが、それは今まで起きたことを回想するものではないのだろうか。
こんな光景に見覚えはない。迂闊に触れれば壊れてしまいそうな、華奢で美しい少女に見覚えなどなく、彼女の声以外に何も音のしない空間も初めてだ。
今にも命を落とそうという人間に、この少女は一体何を「手伝え」などというのか。何もかもが正気ではない。
けれど何故か、無視ができなかった。
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