~最終話~ 遥か彼方、未来へ繋ぐ希望

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 新たな始まりの朝日が空に昇っていくなか、かなたは本当に眠っているような穏やかな表情だった。  俺たちも自然と悲しい感情は徐々に引いていき、穏やかな夜明けだった。  こうして、何百年と続いた悲しい呪いの歴史は、その果てに光へと変わっていったのだ。  ***  ――数日後、俺たちはかなたの葬儀に出席した。  多くの人が訪れて彼女との最後の別れに涙していたが、最後には穏やかな笑顔が残る。 「……ふ、本当にかなたらしいな」  と、みらいが穏やかに言った。  俺とれなも静かにうなずき、葬儀後に改めて北野家の門の前で一さんと宗次郎さんに挨拶をする。 「みんな、今日は来てくれてありがとうね」  一さんが丁寧にあいさつを返してくれ、それをきっかけとして、しばらく会話に花を咲かせた。  すると、一さんが思い出したように声を上げる。 「お、そうだ、忘れていた。君たちにはまだ紹介していなかったね」 「「?」」 「一さん?」  俺たちが首をかしげていると、彼は一度家に戻り、次に出てきたとき一人ではなかった。  新たにご登場されたうちのひとりは、俺とみらいの記憶にある。 「あ!」 「かなたのお母さん⁉」  俺たちから驚きの視線を受け、黒髪ロングの綺麗な女性が優しい笑顔で会釈してくれた。 「ふふ、はるかちゃん、みらいくん! お久しぶり。大きくなったわねえ」  彼女はかなたの実母で、俺たちが小さいころになにか訳があって隣町に越していったはずだ。 「――え、かなたのお母さん⁉ そりゃああの子が美人なわけだわ」  と、れなが感動している。 「ふふ、初めまして、北野 そらです。あなたがれなちゃんね。お話は夫から聞いてるわ。  ……かなたの親友でいてくれて、ありがとう。私からもお礼を言うわ」 「い、いえ、そんな。とんでもないです。私のほうこそ、あの子からたくさん元気をもらいました。……かなたを生んでくれて、ありがとうございます」  れながそう言って頭を下げると、そらさんは一瞬泣きそうな表情を浮かべ、れなに改めて感謝した。  そして彼女から紹介されたのは、小さな女の子。  四、五歳ぐらいの子で、幼いながらどこか美人になるであろう片鱗がすでに垣間見える。 「……みなさんにご紹介します。この子はゆめ。  ――私にとって二人目となる実の娘で、かなたの実の妹です」 「「「――――ッ⁉」」」  俺たちは、思わず目を見開いて顔を見合わせた。  かなたに妹がいるなんて全く知らなかったのだ。  彼女の口からも、そんなこときいたことがない。  そらさんいわく、娘が二人以上生まれた場合、下の子を金星台公園のあるこの町から離すことで呪いの症状を軽減させられるという。 「……きっと、かなたが妹の……ゆめのことを話さなかったのは、あの子もまだ自分の考えや気持ちに整理がついてなかったんだと思うわ」 「「「…………」」」 「呪いを解きたい、絶対解いてやるっていう意志はずっと感じていたけれど、本人もそれを必ず成し遂げられるかどうかには不安があっただろうし、ゆめが生まれたのは、かなたがまだ自分の真実を受け入れられていないときだったから……」  と、そらさんは彼女が思うところを話してくれた。 「時々あの子もゆめに会いに来てくれたけど、そのたびに泣いて、時には吐いてしまうこともあるぐらいだったから。口に出せないほど辛かったし、怖かったんだと思うわ。自分と同じく、十八歳で死んでしまうかもしれない……何も知らない幼い妹を見るのが――」 「……かなた」  辛い表情で天を仰ぐれな。その横で、みらいが重々しく口を開いた。 「まあそうだよな。あいつの性格じゃ、自分の将来を思うよりもずっと恐怖だっただろう」 「最初は、いっそのことかなたには秘密にしようと思うぐらい、あの子も苦悩していた時期だったの」 「でも、今はゆめが生まれてきてくれて良かったと思っているわ。私にもたくさん勇気をくれたし、つい先日もかなたが会いに来てくれたんだけど、初めてゆめに笑顔で話してくれたわ。お姉ちゃんもうすぐ結婚するんだって。最後は私に言ってくれたの。お母さん、私をお姉ちゃんにしてくれてありがとうって」  当時を振り返るように言ったそらさんは、静かに涙を拭いた。  彼女も自らの呪いに苦悩するかなたを見るのが辛く、一時心の療養のため隣町に引っ越したとか。  そしてゆめちゃんを授かって、そこで彼女を育てていたというが、俺たちの知り及ばないところでかなたともしっかり母娘の時間は取っていたという。  それを聞いて、俺はまた少し安心した。 「だってかなた、そんなに詳しくはなかったけど、私にはお母さんとの思い出を時々話してくれたもの」  れなはそう言って、ゆめちゃんの小さな手を優しく握った。  その様子を見ていた宗次郎さんは、ふいにそれでも、と重い口調で語る。 「それでも、『北稲荷の呪い』はこうして多くの者を苦しめた。わしは今でも、時々先祖を憎く思ってしまうんじゃ。最近は、かなたやお前さんたちのおかげで、その気持ちは穏やかになりつつあるがの」 「……宗次郎さん」  みらいが声を漏らすと、彼は続けた。 「人間には、美しい部分と醜い部分がある。だが、その醜い部分が度を越えると、因果は巡り巡って多くの人を苦しめるのじゃ」 「因果応報、ですか」 「うむ。だがその因果も強すぎて、わしら一族の場合、権力者の身勝手な欲がその先何百年と罪もない少女たちを理不尽に殺したんじゃ。  当人らが地獄に落ちたとしても、罪もない者が苦しむ。……だからこそ、権力者はその力を正しく使わなければならないし、権力者を選ぶ者にも、責任がある。もう二度と、わしらのような悲しい歴史を生み出してはならぬのだ」  俺たちは、静かに宗次郎さんの話を聞いた。 「……だが、キミたちなら大丈夫じゃ。命の尊さを知り、こんな話を真剣に聞いてくれる。どうかその心を忘れずに大人になり、世界を平和に導いてほしい。  ……と、すまないね。老人の話に付き合わせてしまった」  彼はそう言うが、俺はその話を聞くことを『付き合わされた』とは思わない。  ……俺たちは大切な少女に教えられたんだ。命の尊さと儚さ、そして生きることの素晴らしさを……。  最後に、そらさんが俺に向きなおった。 「はるかちゃん」 「――は、はい……」 「……ゆめを、抱いてあげて。あなたがあの子を、かなたを選んでくれなければ、もしかしたらゆめも、十八で死ぬ運命にあったかもしれません」 「…………」 「……この子は、はるかちゃんとかなたが純愛を貫いたから、この先普通の女の子として生きていけるんです。――あなたたちに生かされているようなものだから……」 「――ッ!」  俺はお母さんに降ろされ、ゆっくり歩いてくる少女にそっと手を伸ばし、驚かせないよう、しゃがんだままゆっくり彼女を抱きしめた。 「…………ううっ! うううっ! うわあああああああああっ、――っ! うううっ」  ゆめちゃんを抱いた瞬間、正体不明の涙が急激にあふれ出し、この年で号泣してしまった。  なぜ泣いてしまったのか、詳しいことはよく分からない。  彼女の小さな身体――。  俺が少し力を込めれば失われてしまいそうな、はかなく尊い命。  それが俺の腕の中で、懸命に生きているその事実がとてつもなく嬉しかったのかもしれない。  それか、かなたの思いが未来に命を繋ぎ、彼女の命が別の形で生きていることが嬉しかったのかもしれない。  あるいは、かなたが命を懸けてまで成し遂げたかった悲願。一族の呪いを解くということが成され、その思いが俺の心を動かしたのかも……。  もしくは、そのすべてかもしれない。  いずれにせよ、俺はゆめちゃんを抱きしめながら、彼女が姉に負けず劣らず最高の人生を謳歌することを、心から願わずにいられなかった。  そうして俺はみらいとれなとともに北野家を後にし、れなとも別れて自宅へ向かっている。 「――なあみらい。結局、昔の俺がかなたのプロポーズに対して返したっていう言葉ってなんなんだ?」 「――うわ、この数か月色々ありすぎたのによく覚えてたな」  と言ってから、みらいは少し考えて意地の悪い顔をした。 「う~ん、そうだなあ……。ふふ、まあお前ならここ数日の間にわりと言いまくってると思うぞ。プロポーズのたびにな」 「お、おーい! おまえ、そりゃあないだろ。教えてくれよ~!」 「ははは、やっぱりお前は面白い。まあ、自分で考えてみな」 「このお~~っ、大噓つきめ~~!」  笑顔で走り出したみらいを追いかけ、俺も強く地面を蹴った。  夏の本番、木陰を抜けると涼しい風が心地よく肌に当たって流れていく。  俺はこれからも、この町で変わらず生き続けるだろう。最高の友と、この命を最後まで燃やすため。  寂しくないのか。と、聞いてくる人がたまにいるが、結論は――寂しくない、だ。  かなたは最高の人生を歩んだ。  彼女が生きた証やその魂は、今も俺たちと共にある。たとえ目に見えなくても、触れられなくても、かなたはずっとここにいるのだから……。  それが、今の俺の本音だ。 「ふう、かなたのやつ、今日もあっちではしゃぎまくってるんだろうな……」  みらいと別れ、そんなことを思いながら、俺は陽炎揺れる夏の道を家に向かって歩いていた。                                      《完》
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