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その後俺は密かに告白の件を片付けるため心の準備に入ったが、今回も思いを伝えられそうになかった。
ふいに隣に座る幼なじみのスマホから着メロが流れる。
「もしもしお父さん、どうしたの?」
元気よく応じた彼女だが、直後その表情が少し陰った。
かなたと彼女のお父さんとの通話はすぐに終わり、スマホをポケットにしまったかなたは、どこか寂しげな苦笑を浮かべる。
「ごめんね、はるか。私から誘って付き合わせておいてあれなんだけど、今日用事があったの忘れてた」
「べつに謝る事じゃないだろ。それじゃ、今日は帰るか」
「うん、ありがとう」
「な、なあかなた」
「うん?」
「………ま、また。また時間できたら来るか?」
「う、うんっ! 絶対来ようね」
なぜかすごく嬉しそうなその笑顔。
それに対して俺も静かに微笑み返し、久しぶりに訪れた金星台公園を後にした。
かなたと彼女のお父さんが合流する約束の時間が迫っていたので、俺たちは登山道ではなく車道を使って町へ降りる。
車道と言っても横にきちんと歩道もある。
登山道と違って直線距離なのでかなりの時間短縮になるし、ついでに町の絶景を拝める道だ。
かなたは駅でお父さんと待ち合わせをしているというので、住宅地の入り口で分かれる予定で市街地へ戻ってきた。
だがこの町の神さまは悪戯好きなのかもう少しで目的地に着くというタイミングで遭遇してしまったんだ。
――彼女に。
「あああ! かなたっ、それにあんた! 何してるのよ!」
なんとも可愛らしい私服姿のため一瞬判断が遅れたが、それは間違いなく西宮さんだった。
俺の身体は反射的に逃げようとしたが、すでに遅い。
険しい表情の彼女にかなたは平然と声をかける。
「あ、れなだ。どうしたの?」
「かなた、どうしたのじゃないわよ。ちょっと、こっち来なさい」
「ふえっ、なに? 私急いで駅まで行かなきゃなんだけど」
かなたを近くの公園に引っ張り込もうとしていた西宮さんは、視線だけ少しうつむき、かなたの手を一瞬離した。
「……そ、そう。わかった、じゃあすぐ済むから。そこのあんた、それまで逃げるんじゃないわよ!」
西宮さんは俺にそう釘をさすと、再びかなたの手を取って公園の奥へ入って行った。
「な、なんでこんなところで会ってしまうんだ……」
力の抜けた俺の声が、夕方の風に流れていく。
その後、西宮さんの宣言通りお話は二分とかからず終わったようで、二人はすぐに戻ってきた。
時間もないのでかなたとはそこで別れ、彼女はてけてけと駅の方へ走っていく。
本来なら俺もすぐに家へ帰ってのんびりする予定だったが、現実はそうもいかない。
「………あんた、こっち来なさい」
「………」
無言でしぶしぶ彼女について行くと、公園のおくにあるベンチまで連れて行かれた。
「な、なあ西宮さん、そろそろ説明してくれよ。いったい何がどうなってるのか」
絶妙な沈黙の間が気持ち悪かったので、もう俺の方からその静寂を破ってやった。
「………あんたとかなたが幼なじみで、かなたの方からあんたに声をかけた。それは分かったし、悔しいけど認めざるをえないわ。――でも。でもだからこそ私はあんたが許せないのよ!」
初手からすでに声を荒げかけの彼女に、俺は戸惑うしかない。
「………かなたを守ってあげられるのは、私だと思ってたのに……」
俺が口をひらくより早く、西宮さんはつぶやくようにそう言った。
「それどういうことなんだよ。それに、どうしてそこまで俺を毛嫌いするのさ」
彼女はその言葉にぴくっと反応し、キッとするどい視線で俺を睨むと、
「――ッ! だから、そういうところよ! あの子のこと何もわかってないじゃない! ……もう、わからない。どうしてあんたなの? 幼なじみだから? ……かなた」
「なあ、だから教えてくれよ。君はかなたのなにを知ってるんだ」
「――ッ! 自分で考えなさいよ、この鈍感!」
「――な」
俺は反論の言を失った。
そう、言われなくともわかってる。俺は昔から色々と鈍感だ。そこを突かれてはどうしようもない……。
だが次の瞬間、西宮さんから悔しさや怒りといった表情がすーっと消えていき、なんとも言えない悲しくどこか自らの無力感をかみしめるような顔になっていた。
「………知っていても、決して他人に言えないことなんてこの世にいくらでもあるのよ」
「え?」
「………それに……知ったところであんたにも私にも、できることなんて何もないんだから」
「言えないこと……なのか?」
俺が思わず訊くと、彼女は悔しそうに歯を食いしばった。
「うるさいっ! いつもいつも、あんたは聞いてばっかり! ……もういい、もういいわよ!」
「あ――」
止める暇もなくフリフリでかわいい水色のワンピースをひるがえし、西宮さんは早足で公園を去って行く。
それ以上どうしようもないので、俺もとぼとぼとその場を後にした。
そうしてその翌朝、これまた珍しく登校時にかなたとエンカウントしたので一緒に朝の通学路を歩いている。
歩き出してしばらく経ったとき、タイミングを伺っていたと思われる彼女が俺を見上げて口を開いた。
「はるか、きのう大丈夫だった? ……れなに何か言われてない?」
「あー……。うん、大丈夫だ。俺のことよりかなたこそ大丈夫か?」
「え、なにが? 私はこのとおり大丈夫だよ」
「そ、そうか」
俺はうなずきながら心の中で自分自身に腹を立てた。
昔からそうだ。心の準備が必要だの何だのと言って、大切なことに限ってすぐにはっきり言えない。
なにかを聞こうと思っても、その場の空気に呑まれて素直に聞けない。
それで後悔したことすらあるというのに、この年になってもそれが直らない。
そんな状況すべてに嫌気がさして、俺は思わず頭を掻きむしった。
それをとなりでしっかり見ていたかなたが心配そうな表情であることに少しして気づく。
「はるか? どうかしたの?」
「――あ、いや何でもない。ちょっと考え事してただけだ」
「そっか。でも、もしなにか悩みがあったら言ってね?」
「あ、ああ」
俺のうなずきに心からの笑顔で応じるかなた。その優しい眩しさは彼女だけの特別な光だろう。
その笑顔を見ていると、自然と自分への憤りも和らいでいった。
「………本当にかなたはすごいよな」
「え? なにがぁ?」
「――ふっ、なんでもない。なんでもないんだよ」
俺が気持ちを切り替えて顔をあげたとき、毎日見る校門が目の前に迫っていた。
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