~第二話~ 初夏に咲く歴史の闇花

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~第二話~ 初夏に咲く歴史の闇花

 それからしばらくかなた、みらい、西宮さんとの関係に大きな変化はなく、季節が流れた。  かなたと金星台公園を訪れた日から早いもので半月と少し。  昨日で六月が終わり、月の移り変わりと共に季節も本格的に初夏へと移ろいできた今日。  これまで大きく変わることがなかった日常にある変化が起こる。  それはかなたが人生二度目の欠席をしたことなのだが、俺はなぜか無性にいやな感じを覚えた。  人生初の感覚だったので言語化に困ったが、とにかく嫌な感じ。  激しい胸騒ぎがそこに収まらず、胸から全身に広がっていくようだった。 「なんだ、かなたのやつ今年は休むなあ」  と、俺の席へ遊びにきたみらいは言うが俺はそんな楽観視できない。  そして感じた底知れぬ嫌な予感は、みごと的中してしまった。  先生も『まあ明日は来るだろう』と言っていたのに、かなたは翌日も学校に来なかったのだ。  しかしその次の日はなに食わぬ顔で学校に来ていつも通りの日常を過ごしている。  かなたはもともと人気者だし、加えて多くの人気者と呼ばれる人たちと比べていわゆるアンチ的な存在が圧倒的少なかった。  いや、むしろゼロに等しいと言ってもいい。  そんな彼女なので当然クラスメイトたちは心配したが、当の本人は変わらぬ笑顔で、 「夏風邪、こじらせちゃったかな」  と言う。  だが嫌な感じは真夏の空を覆うどす黒い積乱雲のごとく膨れ上がっていった。  かなたはこの日から数日にわたって出席と欠席を繰り返し、七月十日以降ついにまったく学校に来なくなってしまったのだ。  そしてついに隠すことも不可能だと悟ったのか、あるいは他の事情があるのか。  一学期の終業式の数日まえとなった今日、先生からある真実が伝えられることになる。  この日もいつも通り朝のホームルームが始まったが、教室に入ってきた青山先生の表情はすでに曇っていた。 「……今日は、この場でみんなに伝えなければいけないことがある。もう全員が察していると思うが、かなたのことについてだ」  先生の決定的な言葉によって教室はいっせいに静まり返る。  先生の表情もそうだが、それと同じぐらい陰った西宮さんの表情が俺の心をちくりと突き刺した。  このとき俺は、ようやく彼女が言っていたことの意味を悟る。  確かに俺はなにひとつ知らなかった。色々と不思議なことや気になることはあっても、それより先を知らなかったのだ。  もし西宮さんがかなたと知り合い、友達と呼べる仲になってすぐかなたの秘密を知っていたなら――。  そしてこれまで誰にもその秘密を漏らさず親友として支え続けてきたのだとすれば、彼女が俺につらく当たってしまうのも俺は納得できた。  西宮さんもきっとどうしていいか分からなくなっていたのだろう。  そんな中いきなり俺が出てきてかなたと一緒にいる。何も知らず幼なじみというだけで……。  それは、彼女からすれば気持ちの良いものではないはずだ。  俺自身がまさに今そんな感覚だった。これまで何も知らなかった自分を、思いきり怒鳴ってやりたかった。  先生はまずひとこと、その詳細については喋れないがかなたはある病気で入院していると明かす。  俺はすべての思考が停止しそうになり、頭の中が真っ白になった。  教室は騒然となり、西宮さん以外のかなたと特に親しい女子たちの中には、思わず泣いてしまう子もいる。  西宮さんも悲しみに満ちた表情だが、彼女はかなり前からかなたの病気について知っていたのだろう。  他の子たちとはどこか違う暗い表情が、そのことを克明に語っていた。  数名のクラスメイトたちがどういうことなのかもっと詳細をと先生に迫ったが、彼は難しい顔で首を横に振る。 「………すまない。先生もかなたのご家族も、できるならそうしたいと思っている。だけどな、かなたのためにもご家族のためにも、色々なことが決まるまで絶対に詳細を話せないんだ。もう少し……もう少し待ってくれ。頼む」  先生に詰め寄っていた女子たちは困った顔で視線を交わし合い、静かに自席に座った。  彼女たちは普段からかなたとよく一緒にいる子たちの中でも、異論があれば相手が先生だろうが臆せず意見するタイプだったが、青山先生のそれはその子たちですら口を閉じるしかないほどの懇願だった。  それから連絡事項が二、三点伝えられたあと、予想外の展開は思わぬ方向から俺に飛んできたのだ。  かなたのことが心配で心がざわめき続ける俺の視線と先生の視線とがぴたりと合った。  少し驚き、なにか言われるのかと内心身構えると。 「はるか、お前に頼みがあるんだが」 「は、はい、何ですか?」  クラスメイトたちの注目も集まり、俺は思わず姿勢を正す。 「………今日の放課後、かなたが入院している病院まで手紙を届けに行ってくれないか」 「――え」  まさに予想外。想定の斜め下から来る一撃だった。  もちろん俺も驚いたが、クラスメイトたちにとっても予想だにしないことだろう。彼らは困惑した顔で、俺と先生とを交互に見てくる。  そして、ひとりの女子生徒が立ち上がって声を上げた。 「――先生、なんで……なんでそいつなの! 私が……」  そう叫んだ女子、つまり西宮さんに先生は驚いていたが、彼は続けて西宮さんにとって受け入れがたいであろう一言を放つ。 「あ、いや、かなたがはるかに来てほしいと言ったからなんだが……」 「――っ!」  あり得ないという表情で脱力したように自分の椅子に座り込む西宮さん。  クラスメイトたちがまたどよめき、俺もどう反応していいか思考が追いつかなかった。  しばらくして教室が落ち着くと、先生が補足する。 「お見舞いもかねて、そろそろかなたの様子を誰かに見に行ってもらおうかと思っていたら、今朝お父さんから連絡をいただいたんだ。かなたが幼なじみのはるか君に会いたがっているので、もし都合が良ければ、と」  それを聞いた西宮さんは下唇を噛み、華奢な身体を小刻みに震わせている。  俺はすぐ彼女に代わりに行ってもらうことを提案しようとした。  だが俺の口から言葉が出る直前、先生にわずかながら先を越されてしまう。 「……れな、急にどうしたんだ? もちろん、はるかとふたりで行ってくれても……」 「………いい」 「――え?」  その感嘆詞を放ったのは先生ひとりだったが、俺も含めクラスの全員が戸惑っていただろう。  西宮さんの机に彼女の綺麗な瞳から零れた大粒の涙が小さな小さな水たまりを作っていた。 「れ、れな。泣いて……いるのか」  先生が思わず彼女の席まで行ったとき、西宮さんは両手で涙を拭いて顔を上げた。  なにか納得したような、それでもまだ少し悔しいような苦笑が俺の心に強く残る。 「――先生、もう大丈夫だから。かなたのお見舞いもあいつに任せる」 「いいのか? なんなら、れなに任せても――」 「いいの」  西宮さんはそう言い切って俺の方を向いた。  まだ少し赤いままの顔で、少し不満げに……。  それでも、これまで俺に向けられてきたものとは根本的に何かが違う視線を向けてくる。 「いい? 悔しいけど今回はあんたに任せるわ。――それが……それがかなたの望みなんだから。でもその代わり、ちゃんとあの子に向き合ってあげて。――約束だから」 「――分かった、約束する」 「………ふんっ」  西宮さんはふいとそっぽを向き、それを最後に長かったこの日のホームルームは終わった。
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