~最終話~ 遥か彼方、未来へ繋ぐ希望

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~最終話~ 遥か彼方、未来へ繋ぐ希望

 静寂の夜を越えた金星台公園は、夜明けと同時に騒がしくなった。  一晩中、金星台公園のふもとで泣きながら待機していたみらいとれな。  夜中にかなたの病室を訪れ、そこに誰もいないという状況に心底慌てたと語る小山先生。  なにかを察して夜中に目が覚め、夜明けとともに金星台公園を目指していたという北野家のお二人。  これだけの人数が一斉に登ってきたのだ。  いくら清々しい朝と言えど賑やかになるだろう。  かなたは俺の膝の上で穏やかに旅立ち、今は俺が腕に抱えている。  真っ先に駈け寄ったれなが泣き崩れるが、彼女はすぐに顔をあげ、笑い泣きしながら親友にねぎらいの言葉をかけた。  ほどなくして全員が集まり、みんなで涙した。  これまでの間に涙が枯れるぐらい泣いた俺も、普段は不敵な笑みが絶えないみらいも、ただただ気持ちを吐き出したのだ。 「……っ、はるかくん! 君は何をしたか分かっているのか⁉ 病室から彼女を連れ出して、こんなところに連れてきて! ……君たちもだ! どう責任をとるのかな。君たちの身勝手な行動で、彼女は家族と最後の時間を過ごせなかった。それに……」  小山先生のお叱りを受ける俺、みらい、れな。  しばらく先生の叱咤の声がひたすら響いていたが、ひとりの声が入って彼を止めた。 「……先生、もう勘弁してやってください」 「――そ、宗次郎さん」 「「「――えっ?」」」  小山先生も、俺たち三人も驚いて宗次郎さんを見つめる。 「先生。これはきっと、すべてかなたが望んだことです。この孫娘は、おおかた彼らに無理を言って、計画していたのでしょう。どうか、はるか君たちを責めないでやってくれ。  彼らの勇気ある行動で、かなたは本当に幸せな最期を迎えられたんです」 「宗次郎……さん」  俺が思わず声をあげると、宗次郎さんは優しくうなずいた。 「おととい病院を訪れ、孫と別れる時うすうす感じていました。これは、普通の別れのように聞こえて、わしら家族への別れの挨拶ではないのかと……」 「う……む。そこのところ、どうなんだい」  小山先生に問われ、俺たちはすべてを明かした。  れなに関しては、高一の夏に意気投合した直後からすべてを聞かされ、彼女もそれを受け入れていたというから驚きだ。  また、れなのお母さんは結婚式場で働いており、そこから伸びる人脈を使って結婚式の準備を整えたという。  そして俺はあの時、かなたから呪いの解呪法について聞いていた。  金星台公園は、もともと北野家が稲荷様を祀っていた神社の跡地らしい。  呪いを解くには、命日の夜、愛し合った者に何も伝えずこの場所へ連れてくる。  そこで自分と一族のすべてを明かしたうえでまもなく絶命することを伝え、それでもなお相手が拒絶することなく、この場で永遠の愛を誓い合うこと。  これが、呪いを解く唯一の方法だったという。  それだけの愛をまだ人間が併せ持つのであれば、それに免じて呪いを解いてやろうということなんだろう。  かなたは、自分の思いに従って俺との愛を神さまに見せつけ、これが結果的に唯一の解呪方法にリンクしたので、北野家にかかっていた『北稲荷の呪い』は消えた。  ということのようだが、それでも俺は、稲荷様が俺たちの幸せっぷりを見て心を変えてくれたと、勝手に信じている。  呪いが消えたことは後日、一さんから聞いたので確かなことだ。  かなたの夢は、かくしてすべて叶ったんだ。  ただかなたいわく、ひとつ見込みが甘かったことがあるという。  それは彼女自身の体調だ。  そもそも、小山先生ですら想定外の時間。つまり、本来病室で結婚式をする予定だった時間にかなたの体調が急変したのは、死期を偽ったために、各儀式を行うタイミングが本来の予定とズレたことが主な原因。  彼女が言うには、何らかの影響が多少出ることは覚悟していたが、まさか式ができないほどになるとは思っていなかった。とのことだ。  俺がかなたの言葉をそのまま伝えると、小山先生は頭を抱えていた。 「――いやまったく。私もかなたちゃんに一杯食わされたわけだね。これでも人を見る目は肥えていると自負していたんだが、正直、まったく気づけなかったよ。主治医として不甲斐ない」  彼はそう言っているが、俺はあいつの演技力なら仕方ないと密かに思う。すると、涙を拭いてみらいがふいに俺を見やった。 「いや、死期を偽ってたって……なんでそんなめんどくさいことを……?」 「それは、私も答えられるわ」  と、れなも同じく涙を拭いて手を上げる。 「実は私、去年の夏ごろかなたに全てを聞いたときに、死期を偽るつもりだってことも聞いてたのよね」 「マジかよ」 「おいれな、お前のポーカーフェイスもバケモン級だな」  驚く俺と、その横でやれやれと苦笑するみらい。 「かなたは、死期を悟ってからの儀式の順番とか、日程とか、去年の時点ですでに教わってたみたいで……。それに加えて、解呪も計画していた。……みらいは、本来の儀式の日程覚えてる?」 「あーっと……。まあ何となくだがな」  そう答える彼にうなずきながら、れなは続けた。 「最終日の予定は最後の最後、通例どおりなら十八時以降は先生も同席のもと、家族や大切な人と過ごして、そのまま運命の瞬間を迎える。となると?」 「なるほど、そうか! とてもじゃないが、そんな状況ではるかを連れ出して金星台公園に行けない。どうにかして、二人きりになる隙が必要だったわけか」  もろ手を打って納得するみらいと、ため息をもらす小山先生。 「う~む。彼女はそこまで考えていたのか。きちんと事情を話してくれれば、そう取り図ることもできたというのに……」 「私も、そうじゃないのかとかなたに言ったんだけど、もしそうじゃなくて全力で止められたら、すべてが終わるって言って聞かなくて。そんなことになって解呪できなくなるくらいなら、たとえ先生やみんなをだましてでも、はるかとの『真の結婚式』は断行するって」  れなが苦笑交じりに告げると、小山先生が、 「それじゃあ、病院での結婚式は? あれもブラフ……」 「いえ、先生。それはないです。もちろんかなたは、病院での結婚式もやる気満々でした。『二回も結婚式できる~!』なんて言ってましたから。ただ、あの子の身体があの子の破天荒な計画について来れなかった。という感じです」  彼女が言い切ると、小山先生はまいったという表情で苦笑をもらした。 「はあ、なるほど。彼女はどうしても稲荷様にはるかくんとの幸せっぷりを見せたかったし、一族の呪いを解きたかった。その強い思いだけで、ここまで……。  これは負けたよ。君たちも、かなたちゃんのためにここまで動いた。そして本人は夢を叶え、愛する者に見守られて静かに旅立ったと。もはや、これ以上どうのこうのと言うほうが無粋というものだね」 「いや本当に、我が孫ながらとんでもないことを。先生、はるかくん、みらいくん、れなちゃん。心配をかけて、それでも孫に付き合ってくれて感謝します」  と、涙ながらに頭をさげる宗次郎さん。 「いいんですよ、宗次郎さん。俺たちもなんだかんだ言って、楽しかったですから」 「ええ、あの()らしいじゃないですか」 「ふ、そうだな」  俺たち三人が口々に応じると、小山先生も静かにうなずいた。
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