~第一話~ 再開

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~第一話~ 再開

「……じゃあ母さん。行ってきます」 「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね」  母の優しい声を背に受け、俺はいつも通りの時間に家を出た。  五月になってだいぶ暖かくなったが、時間帯によってはまだ少し肌寒い時もある。  そんな日々が続くなか、今日は今年に入って一番と言える暖かな日だった。 「…………」  この気候なら心も晴れやかな気分になるというものだろうが、俺はいつもと変わらずうつむき加減にとぼとぼと歩いていた。  大人になったということなのか何なのか、最近心が躍るような感じがない。  代わり映えしない毎日を淡々と続けているせいなのだろうか。たぶん、そんな日常に少し疲れているんだろう。  なんてことを思っていると、ほどなくして俺の視界に校門が姿を現した。 「おっはよう、はるか。今日も超ド安定の平凡ぶりだな!」  正門通過と同時、後ろから駈け寄ってきた誰かに肩を叩かれ振り返る。ここまでが俺にとって朝のルーティーンだ。 「おはようみらい。……悪かったな、年がら年中平凡な高校生で。そういうお前は毎日超元気だよな。そのエネルギーはどっから出てんだよ」  俺が軽く息を吐きながら視線を動かすと、そこには明るい色の短髪でどこか不敵な笑みを浮かべる男がいる。  俺の身長が170だから、ぎり180あるだろう。  初対面の相手とも気さくに話すし、俺とはどこか対照的と言うべきか……。  こいつが俺の幼なじみのひとり、(あずま) みらいだ。  幼少期からの付き合いで小中高ともに同じ。小学校の頃から共にバスケを始め、今も仲良くバスケ部である。 「オレの元気の源か? まあ、楽しい高校生活全般ってとこかな」 「……そうか、元気そうで何よりだよ」 「なんだはるか、今日は寝不足か? いつも以上に眠そうな顔してるぞ」 「――いや、そんなことはないが……」  悪いな、もともとこんな顔なんだよ。と思ったが、わざわざ言うのも面倒なのでそこで口を閉じる。 「しっかしお前、眠そうだろうが何だろうが優しいし、運動できるし、顔立ちだって良いんだから羨ましいよな」 「……なに言ってんだよ、顔立ちで言えばお前のほうが――」 「いやいや、人の好みは千差万別だぞ。オレみたいに賑やかなタイプより、お前のようにもの静かなタイプが好きだっていう子もいるさ」  そう言ってみらいはさっさと歩き始め、俺も早足でその後を追った。  俺にとってすべての始まりとなった今日は、こうしていつも通り始まったのである。  *** 「……ねえ……ちょっとはるか? ……ねえ、ねえってば!」 「――ん、だれ……。か、かなた⁉」 「ふふ、久しぶり。相変わらず休み時間はお昼寝するんだね、はるか。でも、お弁当食べてからにしなよ」  四時間目の数学が終了し、疲れた脳に休息を与えるべく机に突っ伏していた俺は、名前を呼ばれて顔を上げたとき、さすがに驚いた。  綺麗な黒髪を耳にかけながら俺を覗き込む彼女は、俺にとってもう一人の幼なじみであるかなただったから。  フルネームで言えば北野 かなた。  ここ数年、生活リズムの相違からまったく顔を合わせていなかったし、最後に見たときから恐ろしく成長して綺麗になっているが、間違いない。  思わず目を引く独特の魅力を持つ笑顔。幼稚園の頃から変わらない、腰まで伸びる綺麗な黒髪。  この特徴だけで彼女だとすぐにわかる。  ただ一つ、違和感を思えたことがあった。明確な根拠があるわけではないが、かなた自慢の黒髪に関してなにかが違うと俺の直感が言ったのだ。  しかし、今はそんなことどうでもいい。  この状況がなにより異常なんだ。  男女の幼なじみというのは、学年があがるタイミングや小学校から中学にあがるタイミングで自然と会う機会が減り、思春期やなんやらで少し疎遠になったりすると思う。  俺とかなたはまさにその一例だと思っていたし、中一の終わりぐらいから変な距離を感じて以来まともに話していなかったのだ。  小中高ともに俺たち幼なじみ三人組は一緒なのだが、中学以降かなたとはクラスが離れていたこともある。  そして高二になった今年、久しく三人が同じクラスになったんだ。  それにしたってなぜ今なんだと疑問に思う。  学年があがってすでに一か月。話しかけようと思えば機会はいくらでもあっただろう。  そして昨日、突然あの日のことを夢に見た。  これらのことを偶然の二文字で片付けるのは奇妙すぎて、俺はしばらく固まっている。  一分経っても俺が動けずにいると、それまで立っていたかなたが俺の机の正面にしゃがみ、視線を合わせてきた。 「――っ!」 「あーっ、はるかってばちょっと顔赤いよ? 久しぶりに顔合わせてドキッとした?」  そう言って無邪気に微笑するかなた。  彼女は学校どころか地域でも美少女と評判なので、周囲のクラスメイトも俺たちに注目してざわついている。 「――いや、急にどうしたんだよかなた」  どうにかして言葉を絞り出す俺。それを聞いた彼女はすっと立ちあがってまたにこっと微笑む。 「ふふっ、同じクラスになるの小六以来だね。――ねえはるか、久しぶりにお昼一緒に食べない?」 「――――えっ?」  今日何度目かの思考停止。  と同時に、教室はどよめきの嵐となった。普段なら不敵に構えるみらいですら例外ではない。 「ね、ほらいいでしょ! はい、屋上いこっ!」 「――え、あっ、ちょ、かなた⁉」  俺は驚きと動揺が落ち着かないまま、かなたに手を引かれて教室から連れ出されてしまった。  空いている左手に、弁当と水筒を握らされたうえで……。  その後教室がどうなったのかは知らないが、とにかく俺は校舎の屋上に立っていた。  うちの高校は屋上に高い転落防止柵があり、誰でも好きにあがることができる。  屋上全体の面積も広く、加えて全方位の景色を遠くまで見渡すことができた。  この日の昼休みも昼食目的の生徒や先生がけっこういる。  かなたは俺の手を引いたまま北側の端にあるベンチまで行き、そこでようやく止まった。  校舎の入り口から遠いので、あまり人がいない場所だ。  俺はようやくかなたに真意を聞くタイミングを得た。 「かなた、そろそろ説明してくれ。一体どういうつもりなんだ?」 「……その、はるかは嫌だった? 私とお弁当……」  その表情と声色が少し寂しげに感じられたので、俺は慌てて彼女の言葉を否定する。  それでほっとしたような表情になると、かなたはベンチに座るよう勧めた。  戸惑いながら俺がそれに従うと、彼女も嬉しそうな顔で俺の横に腰を下ろす。 「――――っ」  なんだこの違和感……いや、胸の奥のざわめきは。  確かに約四年越しの再開にはなるが、かなたは幼なじみだぞ?  少なくとも中一の頃までは、俺からもっとスムーズに話しかけることぐらいできていたはずなんだが……。  自分自身に戸惑っていると、かなたがふいに口を開いた。 「――ねえはるか、覚えてる?」  俺は自分の膝に視線を落としていたのでなんのことか分からなかったが、慌てて顔をあげた瞬間、幼なじみの意図を理解できた。  かなたの視線がとある場所に向けられていたから。  それは、町の北にある小高い山にも見える公園だ。 「覚えてるかって、その……。幼稚園の時の『結婚式ごっこ』のこと……か?」 「う、うんっ――」  俺の答えはかなたが求めるものだったようで、彼女は嬉しそうな……そして少しばかり恥ずかしそうな表情で身を縮めてもじもじした。  その仕草がまた可愛すぎる。 「…………!」 「――どうかしたの? はるか」 「い、いや、なんでもない。時間もあれだし、そろそろ弁当食わないか?」 「うん、そうだね。それじゃあ――いただきます」 「い、いただきます」  俺は心を落ち着けてかなたに倣い、そそくさと弁当箱を開く。  変な緊張のため味どころではないが、かなたも静かに弁当を楽しみ始めたので、とにかく俺も箸を動かした。
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