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そしてその翌日……。
なんと驚くことに、かなたがまた一緒に弁当を食べたいと誘いに現れ、クラスメイトたちをざわめかせた。
つまるところ俺は昨日と同様、屋上に連れ出されていたわけだ。
もちろん困惑したが、下手にここで『どういうつもりなんだ』などと聞いてはかなたがしょんぼりしそうな気がして、俺は黙っている。
すると、かなたの方から聞いてきた。
「……あの、はるか。もし嫌だったらいつでも言ってね? はるかにしてみれば、私ぜったいおかしいでしょ?」
「――い、いや、別にそんなこと……。確かに驚いたけど、嫌なわけはない。それは絶対だ」
これは偽りない俺の本心だったし、ここでうそでも『嫌』と言えば、彼女がどこか遠くへ行ってしまうような気がしてしっかり断言する。
「そっか、よかったぁ。それじゃあご飯食べよ。昨日みたいなことにはなりたくないから」
と、かなたは苦笑した。
「あ、ああ、そうだな」
今日の五時間目は別に世界史ではないが、昨日のことは俺もけっこう堪えている。
が、彼女と過ごすせっかくの昼休みだ。
忌まわしい記憶は頭の隅に追いやり、昨日と同じように昔から今までの思い出を語りながら、楽しい時間を過ごした。
そうだ、今はこの時間を楽しめばいいじゃないか。
かなたが急接近してきたことには理由がありそうだが、その時が来ればおのずとわかるだろう。
俺はそう割り切って彼女との時間を楽しんだ。
かなたは、俺が変な気を遣うことなく話せる唯一の女の子だからな。
***
この日は部活の帰り、みらいの買い物に付き合わされた。
駅前のデパートにある文房具屋に行きたいんだとか。
駅のほうへ歩きながら、みらいはいつも通りの不敵な笑みを浮かべている。
「いや~悪いな、はるか。買い物に付き合わせて」
「気にするな。俺もそろそろノートが無くなりそうだったから、ちょうどいいんだ」
「そうか、なら良かった。――ところではるか、かなたのやつ一体どうしたんだ」
と、彼は本題に入るように聞いてきた。
その件について聞いてくるだろうことは予想していたんだ。
ここで変に答えを返し、やっぱり付き合っているのか、などという結論に至っては面倒なので俺も思うところを素直に伝える。
「俺も正直わからない。けど、きっとなにか理由はあると思う。まあ今は様子見ってところだよ」
「そんなこと言って、実はお付き合い……」
「いや、それはない」
発言を途中で切られ、みらいは苦笑した。
「でもさ、ほら、お前覚えてるか? 金星台公園で結婚式ごっこしたろ?」
実にタイムリーなことを言われて内心驚きながらも、俺はまた当時の記憶を思い出して顔をしかめた。
「……ああ、覚えてるぞ。お前のおかげで、恥ずかしいセリフ散々吐かされたんだからな」
「はははは、まあ忘れてたらそれもすごいと思うぞ。そうだな『将来、僕は何があってもかなたを守る!』とか――」
「おい、やめろ……」
「『この先、どんな困難が待ち受けていようとも、最後までかなたを愛します』とか」
「だから、やめろって!」
みらいは俺が割と本気で嫌がるのを見て楽しんでいる。まったく、この性格は本当に昔から変わらない。
「ははははは! やっぱりお前面白いな。あ、最後の最後、お前自分でなんて言ったか覚えてるか?」
「え――っと、最後……?」
思い返すべき記憶が無かったので俺が正直に首をかしげると、みらいは驚いたような表情になった。
「え、うそだろ? ほら、なんて言ったか忘れたが、かなたがお前に告白めいたこと言ったろ? その後だよ」
「その……あと?」
俺は驚きと困惑を同時に覚えた。
みらいの言う『かなたの告白めいたこと』というのは、恐らく最近しょっちゅう脳裏で聞くあのセリフだろう。
それに対して俺はなにか答えたというのか。
「マジかー。おまえ、かなたがこの事実を知ったら泣くぞ?」
みらいは、両手を開いてやれやれと首を振って見せる。
「な、なあ気になるだろ? お前覚えてるなら教えてくれよ」
「うーんそうだなあ、どうしよっかなあ」
と、みらいは悪そうな顔で考えるようなしぐさをすると、ふいに両手を叩いた。
「そうだ、夏までにそれっぽい記憶を思い出せたら答え合わせしてやるよ。それができなきゃかなたに報告してやろっかなー」
「お、おいっ、ちょっと待て、おかしいだろそれ!」
俺は非常に焦った。
みらいには分からないだろうが、今のかなたにその事実は絶対に知らせてはならない。そんな気がしたから。
「ま、ありきたりっちゃありきたりなんだから、ゆっくり考えろよ。――ほら、デパート着いたぞ」
「ぐぬぬぬ……」
なんだかものすごく負けた気分だが、ここは落ち着いて買い物に集中することにした。
三階の文房具屋に着くと、俺はさっさと買い物を済ませた。
家の近くにあった小さな文房具屋が無くなって以来ずっとここで買っているので慣れたものだ。
「ありがとうございましたー」
「どうも」
大学生ぐらいの女性店員さんに軽く頭を下げ、シールを張ってもらった六冊一セットのノートをかばんに突っ込むと、まだ店内を見ているみらいの元へ向かった。
彼はシャーペンが売られている商品棚の前でしゃがみこみ、何やら物色している。
「みらい、買うものは見つけたか?」
「あ、ああ、すまんすまん。すぐ買ってくる」
俺に気づいたみらいはそう言って立ち上がり、レジに向かおうとした。
その手にあったのは、彼が愛用のシャー芯とボールペンに加え、さっき商品棚の前にしゃがみこんで熱心に選んでいたらしい、ちょっとお高そうなシャーペン。
それも一般的な感覚で見れば、どう見ても女性向けのもの。
周囲に視線を向けて気づいたが、俺たちがいる場所は女子向けの商品棚のまえだった。
「な、なあみらい。気を悪くしたらすまないが、そのシャーペンお前が使うのか?」
レジへの一歩を踏み出しかけていたみらいは、俺の質問とともに右足を止めると俺が指さしたものに視線を落とす。
なにか少し考えるような間があり、だがその直後には珍しい彼の真顔は消え、いつも通りの不敵な笑みが戻っていた。
「ふ、お前もなかなか面白いことを言うようになったな、はるか。確かに今は男らしさや女らしさより、自分らしさを大切にする時代になってきている。おまえがかわいい文房具を使おうが、フリフリドレスを着ようが俺は否定などしないさ」
「……おい待て。悪いが俺にはそんな趣味はない。想像しただけで気持ち悪いこと言わないでくれ」
脳内で思わず想像してしまった自分の姿をかき消しながら言うと、みらいはふっと微笑を浮かべる。
「わかってるさ、例えだよ。そしてあいにくと俺にもそういう趣味はない。……これは妹用だ」
「……ああ、ゆずちゃんの。そういうことか」
最近会っていないが、彼にはゆずちゃんという妹がいる。たしか俺たちより二歳ぐらい年下の娘だったはずだ。
俺が納得するとみらいは買うべき商品たちを軽く握る。
「まあそういうことだ。じゃあ今度こそ買ってくるから、店の前で待っててくれ」
「ああ、分かった」
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