~第一話~ 再開

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 買い物のあと、俺たちはデパートのフードコートで晩飯を食べて帰ることにした。  ここは休日にみらいと遊びに来たときなどにちょくちょく利用する。  その場合のルールに従い、じゃんけんをして今日も俺が負けた。 「く、やっぱ負けるのか……。ほら、さっさと買ってこいよ」 「ははは、悪いな。昔からじゃんけんは強いもんでなあ。それじゃ、行ってくる」  そう言い残し、勝者の余裕を背に宿したみらいが席から遠ざかっていく。  これは見ての通り、どちらが先に飯を買いに行くかを決定するじゃんけんだ。  以前はそんなことせずふたり同時に行っていたのだが、一度荷物を持っていかれそうになって以来、このルールを採用している。  俺に言わせればあれは、みらいが初のバイト代で買ったちょっといいかばんを放置して席を離れたからなんだよな。  過去を振り返っていると、友が小型の機械を持って戻ってきた。  料理ができたら突如バイブと共に鳴り出して少し驚かせられる、あれだ。 「待たせたな、はるか」 「いや、待ってないんだよな。お前、大概同じものしか食わねえからな」 「ふ、『いつもの』ってやつだ。そういうお前だって、どうぜチャーシュー麺チャーシュー増量のAセットなんだろ?」  まさに図星だったので俺は一瞬言葉を失う。 「……そ、そうだよ。悪いか」 「いいや? ほら、さっさと行ってこい」  と、俺が行こうとしているラーメン屋の方に右手をひらひらさせるみらい。 「――く、なんか……なんか負けた気がする」  俺はそう言い残し、友の笑い声を背に受けながら歩き出した。 「あ、すみません」  店の前に着いて声をかけると、すっかり顔見知りとなったパートのおばちゃんが笑顔で応じてくれる。  子どもの頃からよく来るので、いまやこうなっているのだ。 「あら、はるかちゃん! さっきみらいくん見かけたから来てるかなって思ってたよ。いつものでいいかい?」 「…………は、はい」  みらいの言うとおりなのが腑に落ちず少し間をあけて答えると、おばちゃんが首をかしげた。 「あら、どうしたの? 学校で嫌なことでもあった?」 「あ、いえ、そんなことは」 「そう、なら良いけど……。あ、それじゃあこれ、三番で呼ぶからね」 「ありがとうございます」  俺がワンタッチコール……つまりブーブー鳴る『あれ』を受け取って席に戻ると、みらいはさっき購入した例のかわいいシャーペンを何やら物憂い顔で眺めていた。 「みらい、どうしたんだ?」 「――はるか。……いや、何でもない。それより、数学のノート見せて?」  と、買ったものを再びかばんにしまい笑顔で手を突き出すみらい。 「……いや、お前俺より勉強できるだろ?」 「それが昨日の夜、ちょっとネッ友とゲームに夢中になりすぎて四時に寝た」  そこまで言われればあとは説明不要だ。 「はあ、ったくしょうがねえな」 「わるいな」  俺がノートを差し出すと、彼はその性格からは想像できないようなきれいな字で、スラスラと今日の授業内容を写していく。 「はあ、お前やっぱり何やっても出来てしまうタイプだよな。羨ましい限りだよ」  俺は友の優秀さを机に頬杖をついて眺めた。 「ん? そうか。お前はよく言うが、俺だって完璧な人間じゃないさ。……よし、終わった。サンキュ」 「おう」  写し終わったみらいからノートを返してもらい、俺たちが自分のノートをかばんにしまったとき、机の中央に置かれた二つの機械がほぼ同時に鳴り出した。  どうやら俺たちの晩飯ができたようだ。  このタイミングも、違う店なのに店員さんが示し合せているのかと思うほど毎回ほぼ同時である。  そのためじゃんけんの二回戦が行われるが、結果は十中八九同じ。  俺は、みらいのパーに敗北した己の拳を頭とともに机に落とす。 「な、なぜ勝てないんだ……」 「い、いやあ悪いな」  と、みらいにしては珍しく少しだけ申し訳なさそうに歩いて行った。  ちなみに、彼にとっての『いつもの』は、ノーマルなオムライスである。  それから約三十分後。  食事を終えた俺たちは、帰路に着くべくデパート内を一階に向かって歩き始めた。  みらいが驚きを隠せないという声をあげたのは、エスカレーターで二階に降りてきた時だ。 「お、おいはるか、あれ」 「ん、どれ……って、かなた⁉」 「どうみてもそうだよな」  俺たちは予想外のところで幼なじみを目撃し、思わず足をとめる。  声をかけようと思ったが、何やら様子がおかしかったので遠くから彼女を見守った。  二階は電車の駅に直結していて、デパートから駅へ続く扉の横にあるスイーツ店の新作メニューをどこか切ないような表情で見上げている。  みらいが驚いたときの口調で俺に答えを求めてきた。 「なんだ? かなたのやつ、あれ食いたいのか?」 「いや、だとしたらあの表情はおかしくないか?」 「うーん……」  かなたの視線をたどってみると、そこにはけっこうなサイズのパフェの写真があった。  好きな人と食べると幸せになれると言われる最近よく学校で耳にするパフェだろう。  あいつ、好きな人でもいるのか……?   なんてことを下向いて考えていると、みらいが俺の肩を叩いた。 「あ、おいはるか、誰か来たぞ」  友の声に視線を前方へ戻すと、かなたのもとに見覚えのある男性が歩み寄ってきている。俺は記憶をたどり、親友に確認した。 「あれはたしか、かなたのお父さん……だよな?」 「あ、ああ、最近お会いしてないが間違いないだろう」  さらに見ていると、かなたのお父さんがなにか説得するようにかなたに語りかけ、かなたはどこか寂しそうに首をゆっくりと縦に振って見せる。  その後駅のほうへ歩き出しかけ、一度止まって例のパフェを名残惜しそうに見上げると、今度こそ駅のほうへ駆けて行ってしまった。  彼女とその父親が完全に見えなくなったところで、俺はみらいと視線を交わし合う。 「な、なんだったんだ」  俺が最初に声を出すと、みらいはスマホの画面をつけて時間を確認した。 「分からん。もうすぐ十九時だってのに、こんな時間からどこへ……」  と言ったところで俺たちに答えを知る術があるはずもなく、疑問を残したままとにかくデパートを後にする。  こうして今日という日は終わりを迎えたが、この日のできごとは結婚式ごっこの夢に次いでふたつめとなる、『運命が動き始めることを伝える天からの報せ』となった……。
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