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「タケシは無事着いてる? ジャック=バティスト」
アナは上着を脱ぎながら、僕に声をかけた。
「うん、でも今は部屋で休んでるよ。疲れたみたいだ」
付け合せにするパプリカを刻みながら、僕は答えた。
「そう、リックは迎えに行った後、また大学に戻るっていってたから」
アナはそういって自分達のベッドルームへと歩いていった。
バプリカとレタスと玉ねぎだけのサラダは直ぐにできた。
僕はサラダボウルをダイニングテーブルの中央に置く。そして、カトラリーを四組用意し、ペーパーナプキンの上にセットした。
あとは、マカロニを焦がさないように取り出せば完成だ。
僕はダイニングの椅子に座って、冷蔵庫からペプシを取り出して飲んだ。すると、外で車の音がした。リックが帰ってきた。
「やあ、ジャック、チーズマカロニだな」
リックはキッチンに入るなり、僕にこう云った。
リックは、実はチーズマカロニを「にくからず」思っているんだ。でも、アナの方は本当はチーズマカロニなんて、料理らしい料理だとは思ってないみたいだった。
もちろん、アナが僕のチーズマカロニに文句を云ったことなんて、一度もないけど。
「タケシにはもう会ったかい?」
僕はリックに向かって頷いた。
「アナもさっき帰ってきたよ。タケシは部屋で休んでる。眠いって」
それから、僕はリックに一応、言い訳をした
「タケシが今日来るって、うっかりしてて。夕食、大した物つくるつもりにしてなかったんだ」
「まあ、いいさ、そのうちみんなで外に何か食べにいこう」
リックはそう云って僕の肩を軽くたたくと、部屋へと向かって行った。
「食事、直ぐできるから」
僕はリックの背中に向かって付け足した。
オーブンのタイマーが切れたところで、一旦、扉を開けて中を見てみた。
焼き具合はちょうど良さそうだ。
僕は、お屋敷の執事よろしく各部屋の皆さんのドアをノックしてこう呼ばわって回った。
「紳士淑女の皆さま、ディナーの準備が整いました」
ダイニングテーブルの僕の横は空席だ。だから、ステイの人たちは、ここに座ることになる。
僕は隣に座っているまだ少し眠そうなタケシに声を掛けた。
「タケシは食事の時は何を飲むの? 水? ペプシ? ミルク?」
僕は自分のコップにミルクをたっぷりと注いだ。
タケシはちょっと迷って「水を」と答えた。
すると、リックはビールの缶を取り出し、タケシにもひとつ薦めた。
タケシはそれを、また微かな笑みとともに受け取った。
僕はというと、まだ飲めない年齢だったから、この家ではおおっぴらにビールを飲むことはできなかった。
食事の間は、アナとリックが会話を主導していた。
ふたりとも、さっさとこの家の運営ルールを説明してしまうと、タケシに色々な質問をし始めた。大抵はタケシの専門分野のことみたいだった。
ちょっと驚いたのだけどタケシは学部学生じゃなくて、大学院生だった。まだ二十歳そこそこ、どうかするとティーンエイジャーにしか見えないくらいなのに。
僕がみんなの話を聞きながら自分の皿をあらかた空にしてしまい、ミルクの残りを飲み干していると、タケシがこちらを向いて「ジャック=バティストはあまり喋らないんだね?」と云った。
あんまりアルコールに強くないのか、缶ビールをひとつ空け終わってもいないのに、タケシの目の周りは、ほんのり赤くなっていた。
「高校生だと聞いたけれど、学校はどう?」
タケシは続けて訊ねた。
こういう質問って答えにくい。
「どう?」って聞かれても、色々あるよね? 楽しいこともつまんないこともさ。
僕はちょっと肩をすくめて「うーん、ごく普通」と答えた。
「好きな科目は? クラブなんかには入っているのかい」
タケシは続けて訊ねてきた。こういう質問には答えやすい。具体的だから。
「好きな科目は歴史かな、英語やフランス語も好きだよ。クラブは、このシーズンはバスケットをやっているんだ」
「バスケット! それは格好良い。ジャック=バティストは身長が高いものね」
タケシは嬉しそうに笑った。今度は微笑みというより、僕にもはっきりわかるくらいの笑顔だった。
「一般的には『低い』とは云えないけど……バスケットをやってるにしては低い方なんだよ」
僕は自分のグラスにまたミルクを注ぐと、タケシにそう答えた。
「周りは百九十センチなんかざらだ」
「ジャック=バティストは何センチくらいあるの?」
タケシはなおも質問を続ける。
「百八十二。でも、僕の身長はもう止まってしまったみたいだ」
僕はちょっと俯きながら答えた。
すると、タケシは少しだけ声を大きくして云った。
「それだけ高ければ十分じゃないか、僕なんか百七十センチメートルほどしかない」
「それって、日本では普通かい?」
リックが口を挟んだ。
「ええ、そうですね、日本人男性全体からみれば、ごく平均的です。でも僕の年齢だと、ちょっと低い方かな」
タケシは線も細いしね……。
僕はそう思ったけど、もちろん口には出さなかった。
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