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8 「せっかくの休日に、彼女につきあってあげなくてよかった?」 タケシは手を額にかざし、僕の横で身を乗り出しながら云った。 僕たちはCNタワーの展望台に上ったところだった。 「彼女? いないよ。残念ながら」 こんな質問、もうなれっこだ。条件反射で答えられる。 「ジャック=バティストは、勉強もとてもできるって聞いたよ。バスケットボールでも花形選手で。もてないわけないだろう? 意外だな」 タケシは僕と僕の後ろの景色に目をやりながら静かに云った。 おそらく彼にはシティ・ホールやブレア=ヤングの繁華街やローズディルの先の方のビル街が見えているはずだ。 「花形だなんて、別にそんなんじゃないよ、それに、バスケットよりホッケーの方がずっと人気があるし……」 「ああ、そうだね」って受け流す方が、逆に会話が簡単ですむのにさ。つい、僕はこんな風に答えてしまう。 そうなんだ。別に当時は勉強だって、真面目にやってたわけじゃなかった。 ケベックで通っていた私立学校の進度がトロントよりも速かっただけで。 その当時の僕ときたら、いわばケベックでの勉強の「貯金」で過ごしてたるようなものだった。 僕は話を変えようとした。 「でも、タケシ、こっちにきてからもう随分経つのに、CNタワー(こんなところ)にもまだ来たことなかったなんて。云ってくれたらどこでも案内してあげたのに」 そして、僕は思いついて付け足した。 「でも、CNタワーって、実は住んでるとあまり上ったりしないものなんだよね。誰かを案内するときくらいしか」 「おや、東京タワーと同じだね」 タケシは微笑んで云った。 「トウキョウタワー?」 「そう、えーっと東京の中心部にあるテレビ塔でね。エッフェル塔に良く似ているんだよ、色は赤いけど」 僕たちはそんな話をしながら、エレベーターの方に向かっていった。 その後僕たちは、まさにお約束通りのトロント半日観光コースを巡り、最後にカサ・ロマまで足を伸ばした。 夕食にはまだ少し早かったけど、僕らはカサ・ロマにあるプライム・リブが有名なチェーン店で食事をして帰ることにした。 タケシはグラスでワインを飲み、僕もドラフトビールを一杯だけ注文した。 リックとアナがいないんだから、たまにはそれくらいのことはいいだろう? ワインで気持ちがほぐれたのか、タケシはいつになく饒舌で、日本での高校時代の他愛ない昔話やなんかをしてくれた。 「どちらかというと運動は苦手でね。コンピュータを触ってるか、小説を読むことが多かったかな」 こう云って、タケシはワインの最後の一口を飲み干した。 「特にバスケットボールの授業は苦行だったね……上手い人には本当に憧れたよ」 バスケットボールが苦行?  タケシのその言葉には、仰天したよ。 あんなに楽しい物。毎日一日中だってやっていいと思っていたからね、その頃は。 とにかく、僕の印象としてタケシは、なんというか不思議な人だった。 一緒にいて、とても……楽なんだ。 自分のことを凄くアピールしたり、主張したりしてこないからかもしれない。 僕の思いつくタケシの欠点はといえば、強いてあげるとすれば。 ……英語がゆっくりで、つっかえ始めると話を聞くのが大変だってところくらいかな。 タケシが自分のことを「典型的日本人」だなんていうものだから、僕は日本に住んだとしても、結構上手くやっていけるんじゃないかって思ってたものだよ。 タケシが本当に「典型的日本人」なのかどうかは別として。
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