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11 頭痛の種のプロムも何とか回避し、僕はシニア・ハイを卒業した。 なんで「頭痛」かって? だって、ダンスパーティだよ? 基本的には「女の子」のパートナーを誘わなきゃ行けないわけだ、分かるだろ?  そして、かねてからの考えどおり、トロントのリックとアナの家を後にして、僕はレジャイナにあるRCMPの警察学校(トレーニング・アカデミー)に入学した。 そりゃ緊張もしていたよ。けれど、「やっと誰の世話にもならず生きていけるんだな」と思うと、少し心が踊った。 なんといっても、RCMPではアカデミーでの訓練中も有給なんだ! 僕がレジャイナに到着した翌日は、同期の訓練生(カデット)全員が集められ、今後の説明を受けることになっていた。 広いミーティングルームのようなところに、僕たちカデットは何の順ということもなく、手もちぶさたに立たされた。 部屋には椅子すら用意されていなかったから。 白人系が多めだとはいえ、周囲のカデットは、カナダ中のいろんなルーツが勢ぞろいだった。 外見で判るだけでも、ネイティブ・トライブ、オリエンタル、黒人、イヌイットなどなどだ。 時間になり、説明会が始まった。 訓練生が、巡査見習(コンスタブル)になるまでに必要な単位数や講義についての説明が主だった。 どうやら各教官が、替わるがわる説明を行っていくようだ。 そこがアカデミーだからなのか、プルオーバーを身につけている教官が多かった。 ああ、もちろん、マウンティが普段もあのど派手な「緋色の(スカーレット)長上着(チュニック)」を着ているわけじゃないってことくらい知ってるよね。NBCのテレビシリーズじゃあるまいし。 それでも教官たちは、僕が普段街で見かける騎馬警官(マウンティ)とはちょっと違う印象だった。 街の警官も、必ずしも「紺のブレザー(ブルーサージ)」を着ている訳じゃなく、カーキの制服や紺のニットだったりする。 でも、ここの教官のは、それっともちょっと形が違っていて、なんというか作業着みたいだった。 講義についての説明がいくつか終わった頃、部屋の後のドアから、階級章の付いたブルーサージのブレザーに身をつつみ、右脇に制帽を抱えた男性が、遅れて部屋に入ってきた。 驚いて、ちょっと振り返ってみたくなるほど背の高い警官だった。 髪は短かめのブルネット。 彼は、その場にいた教官の中ではただ一人、拳銃を携帯していた。 高身長のせいなのか。その警官は、遠目には随分とほっそりして見えた。 でも彼が僕の横を通り過ぎた時、そんな自分の第一印象が、ある意味で間違いであったことに気づく。 ブルーサージの内には、ファッションモデルのように均整がとれているけれど、きっちりと鍛えられた肉体が収まっていた。 それに、傍目にはゆったりと優雅に見える彼のその歩みが、「自分の身体を隅々までコントロールしている肉体」の振舞いだってことは、多少なりともスポーツをやったことがある人間なら、きっと誰にでも分かっただろう。 僕は、その人から目が離せなくなった。 彼はこの部屋のすべての人間を見渡しているようだったし、部屋の誰をも見ているわけじゃないようでもあった。 彼を見つめて、見つめ続けて……。 僕は息が止まりそうになる。 「射すくめられる」って、きっとこんな感じだ。 そう感じたのを、覚えている。 彼が僕に視線を寄こしていた訳ではないのに。   でもそんなのはあっという間の出来事で、その警官は僕の横を通り過ぎると、部屋の前方へ歩み去って行った。 微かに。 本当に微かだけれど、涼しい風みたいなオードトワレの香りを残して。 彼は、司会者から左手でマイクを受け取り、制帽をテーブルに置いて口を開いた。 これまで聞いたことのないほど低い声。でも、不思議と聞き取りにくくはなかった。   彼がスタンレイ・ハンセンだ。 僕がこれまでにただ一人、本当に心魅かれた人。   まさに「ひとめぼれ」ってやつだったよ。 スタンに初めて逢ったその時。 僕は、まるで泣き出しそうな時のように、鼻孔の奥に痛みが走るくらい心が揺り動かされて、身体中が熱くなっていくのを止めることができなかった。 でも、彼が何を話しているのか理解できなくなるくらい、我を忘れていたのかというと、それはちょっと違うんだ。 その時のスタンの話は、いまだにちゃんと覚えてる。 矛盾してる? でもね、スタンの話は、他のどの教官よりも解りやすかったんだ。 簡潔明瞭っていうのかな。 うん。他に言葉を思いつかない。
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