90人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
11
11
頭痛の種のプロムも何とか回避し、僕はシニア・ハイを卒業した。
なんで「頭痛」かって? だって、ダンスパーティだよ? 基本的には「女の子」のパートナーを誘わなきゃ行けないわけだ、分かるだろ?
そして、かねてからの考えどおり、トロントのリックとアナの家を後にして、僕はレジャイナにあるRCMPの警察学校に入学した。
そりゃ緊張もしていたよ。けれど、「やっと誰の世話にもならず生きていけるんだな」と思うと、少し心が踊った。
なんといっても、RCMPではアカデミーでの訓練中も有給なんだ!
僕がレジャイナに到着した翌日は、同期の訓練生全員が集められ、今後の説明を受けることになっていた。
広いミーティングルームのようなところに、僕たちカデットは何の順ということもなく、手もちぶさたに立たされた。
部屋には椅子すら用意されていなかったから。
白人系が多めだとはいえ、周囲のカデットは、カナダ中のいろんなルーツが勢ぞろいだった。
外見で判るだけでも、ネイティブ・トライブ、オリエンタル、黒人、イヌイットなどなどだ。
時間になり、説明会が始まった。
訓練生が、巡査見習になるまでに必要な単位数や講義についての説明が主だった。
どうやら各教官が、替わるがわる説明を行っていくようだ。
そこがアカデミーだからなのか、プルオーバーを身につけている教官が多かった。
ああ、もちろん、マウンティが普段もあのど派手な「緋色の・長上着」を着ているわけじゃないってことくらい知ってるよね。NBCのテレビシリーズじゃあるまいし。
それでも教官たちは、僕が普段街で見かける騎馬警官とはちょっと違う印象だった。
街の警官も、必ずしも「紺のブレザー」を着ている訳じゃなく、カーキの制服や紺のニットだったりする。
でも、ここの教官のは、それっともちょっと形が違っていて、なんというか作業着みたいだった。
講義についての説明がいくつか終わった頃、部屋の後のドアから、階級章の付いたブルーサージのブレザーに身をつつみ、右脇に制帽を抱えた男性が、遅れて部屋に入ってきた。
驚いて、ちょっと振り返ってみたくなるほど背の高い警官だった。
髪は短かめのブルネット。
彼は、その場にいた教官の中ではただ一人、拳銃を携帯していた。
高身長のせいなのか。その警官は、遠目には随分とほっそりして見えた。
でも彼が僕の横を通り過ぎた時、そんな自分の第一印象が、ある意味で間違いであったことに気づく。
ブルーサージの内には、ファッションモデルのように均整がとれているけれど、きっちりと鍛えられた肉体が収まっていた。
それに、傍目にはゆったりと優雅に見える彼のその歩みが、「自分の身体を隅々までコントロールしている肉体」の振舞いだってことは、多少なりともスポーツをやったことがある人間なら、きっと誰にでも分かっただろう。
僕は、その人から目が離せなくなった。
彼はこの部屋のすべての人間を見渡しているようだったし、部屋の誰をも見ているわけじゃないようでもあった。
彼を見つめて、見つめ続けて……。
僕は息が止まりそうになる。
「射すくめられる」って、きっとこんな感じだ。
そう感じたのを、覚えている。
彼が僕に視線を寄こしていた訳ではないのに。
でもそんなのはあっという間の出来事で、その警官は僕の横を通り過ぎると、部屋の前方へ歩み去って行った。
微かに。
本当に微かだけれど、涼しい風みたいなオードトワレの香りを残して。
彼は、司会者から左手でマイクを受け取り、制帽をテーブルに置いて口を開いた。
これまで聞いたことのないほど低い声。でも、不思議と聞き取りにくくはなかった。
彼がスタンレイ・ハンセンだ。
僕がこれまでにただ一人、本当に心魅かれた人。
まさに「ひとめぼれ」ってやつだったよ。
スタンに初めて逢ったその時。
僕は、まるで泣き出しそうな時のように、鼻孔の奥に痛みが走るくらい心が揺り動かされて、身体中が熱くなっていくのを止めることができなかった。
でも、彼が何を話しているのか理解できなくなるくらい、我を忘れていたのかというと、それはちょっと違うんだ。
その時のスタンの話は、いまだにちゃんと覚えてる。
矛盾してる?
でもね、スタンの話は、他のどの教官よりも解りやすかったんだ。
簡潔明瞭っていうのかな。
うん。他に言葉を思いつかない。
最初のコメントを投稿しよう!