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とうとう、その日の講義がすべて終わってしまう時がきた。 僕はスタンのオフィスへと向かう。自分の貧困な語彙では表現できないくらいの苦痛を抱えて。 そうだな、月並みだけど「屠殺場に引いて行かれる子ヤギのような気持ち」かな。強いて云えば。 背中にびっしりと、訓練生たちの好奇と憐みの視線を受けながら―― スタンのオフィスのドアの前には、すでにリーバーマンが立っていた。 リーバーマンは、僕が廊下を歩いてくる間ずっと、僕と僕のすぐ後にいたレスを見つめていた。   ドアの前で、三人の視線が一瞬だけ交わった。 僕たちは、お互いがまったく同じ気持ちだっていうことを理解しあう。 そして、レス・モーガンが一歩踏み出し、スタンの部屋のドアをノックした。 「入れ」 ドアの内側から、スタンの低音が響いてきた。 僕は足が床に張りついてしまった気分だった。 リーバーマンが、まるで焚火の中の金貨でも拾うかのようにノブに手を伸ばし、ドアを開けた。 でも、実際にスタンの部屋に入ったのは、僕からだった。 スタンは椅子に座って、何か分厚い書類の束に視線を落としていたようだった。 濃紺のジャケット(ブルーサージ)は着ていない。制帽と一緒にコートハンガーに掛かっていた。 シャツの袖を肘までまくりあげた、少々くだけた格好をしている。 スタンのそんな姿は、普段あまり見ることがなかった。 デスクの灰皿に吸いかけのタバコがあり、細い煙が立ち上っている。 僕たちは、大きなマホガニーの色をしたデスクの前に横に一列に並ぶ。そして「気をつけ」の姿勢をとり、無帽の敬礼を行った。 スタンが書類から顔を上げ、軽く頷くのを確認し、一同、敬礼を終えて直立した。 部屋にはごく微かに、スタンのトワレの香りと甘いような不思議なタバコの匂いが立ち込めている。 「レスリー・M・モーガン、クリストファー・リーバーマンならびにジャック=バティスト・ミシェル、以上三名集合しました」 こう挨拶をしたのは僕だった。 気を入れて、思い切り声を振り絞ったつもりだったけど、そう大した声は出なかったと思う。 「休め」 スタンが静かに号令を発する。 僕たちは「これ以上はない」というような速さで「休め」の姿勢をとった。 手にしていた書類をゆっくりデスクに置くと、スタンは右腕にしている大ぶりな腕時計に視線を走らせた。   スタンが腕時計を見た。 ただそれだけのことなのに、僕ら三人は、なぜなのか心臓が縮みあがるくらい焦ってしまう。 そして、スタンは椅子から立ち上がり、机を回って、僕らの方へやってきた。 隣に立つリーバーマンは、僕よりも数センチは身長が高い。 それでも、スタンが傍に立てば、彼も背丈は低く見えた。 「時間外に呼び出して済まない。だが他のカデットがいない場所で話したいことがあった」 もちろんその時、僕だって他の二人と同じく、スタンに一体なにを叱責されるんだろうと死にそうなほど怯えていた。それは確かだ。 でも、正直に云う。 そんな恐怖に震える一方で僕は、袖がまくられ露わになったスタンの腕や、肘や手首の関節が動く様子の完全な虜になってしまっていた。 本当に、怖くて逃げたしたいくらいだった。 でも、このままずっとスタンを見ていたい。 僕の中で、そんな、まったく正反対の気持ちがどんどん高まっていく。 混乱のあまり目が回ってしまいそうだった。
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