18

1/1

90人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

18

18 スタンのくれたメモには、ただ十桁の数字だけが書かれていた。 そう、これは電話番号だ。おそらく、自宅のではなくて、スタンの携帯。 きっとそうに違いない。 なんだよ? どういうつもりだよ? その後のパトロール中、僕はずっと混乱していた。 ズクズクと、みぞおちの辺りが痛んで重かった。 これって、「僕の方から」電話を掛けろってこと? だってスタン、結婚してるじゃないか?! 女の人と。 それとも―― 僕は、何か勘違いしてるの? その後の日曜も、僕はシフトだった。 ありがたいことに。 うん、たぶんそれは、「ありがたいこと」だったんだと思う。 だってさ。 そのおかげで僕は、延々とスタンから渡されたメモのことで苦悩し続けなくてすんだんだから。 少なくとも、勤務中は。 いや、勤務中だって、スタンのくれたメモが頭を離れていたってワケじゃ、決してなかった。 正直に言うと、そうなんだ。 日曜は遅番だった。 僕は冷え切ってクタクタの身体を引きずりながら、真夜中過ぎに部屋へと戻ってきた。 火曜の夕方までは、連続してオフ・デューティーで、そのコトに、僕は心から安堵していたよ。 やっと少しゆっくりできる……って。 それに、大学の課題のために本も読んでおかないといけない。 家にたどり着いた僕は、シャワーを浴びる気力もなく、そのままベッドに転がり込んだ。 するとまた、昨夜のことが頭の中を回り始める。 香水のきつい、あの女―― 「ニーナ」っていったっけ?  スタンがあの女を抱き寄せる光景が、僕の脳裏にフラッシュバックする。 女の腰に回された手。 スタンの長くて綺麗な指。 僕は、深く溜息をついた。 ――ねえ、スタン。 あの女を裸にして……どういう風に抱くの? あの血の色みたいなルージュに。 今、この瞬間にも、スタンの完璧な美しさのくちびるが重ねられているのかもしれない。 綺麗な長い指、大きなあの手で、あの女の乳房を揉みしだいて、そして―― イヤだ……! イヤだ、イヤだ……!! スタン―― あの女への――スタンの「妻」への嫉妬が、僕の中で爆発する。 いつの間にか、僕は涙を流していた。 それは溢れ出して止まらない。 頭の中で、スタンが女の白い裸体にのしかかり、激しく腰を打ち付け始める。 ヤメロ、バカだ……僕はバカだ。 こんなこと考えたって、つらいだけなのに。何をやっているんだ……僕は。 何度もしゃくり上げて、子どもみたいに泣きじゃくりながらも、ジーンズのボタンに手をやる。 そこはすでに、ジッパーがはち切れそうなほど張りつめていた。 中の物を取り出して握る。先端は濡れていた。 もう、なにを思い描く間もなく、目の前に白い閃光が走る。 短く叫び声を上げ、身体を痙攣させながら、僕はそのまま射精した。 シーツが汚れていく。 その上で、まるきり気を失うみたいにして、僕は深い眠りに落ちた。 次の日。目覚めると、もう昼に近かった。 喉がカラカラに乾いていて、寝違えた首と片腕が痺れてた。 なんとも惨めな気分で起き上がって、ノロノロとバスルームに向う。 モヤのかかった頭のまま、熱いシャワーに打たれた。 ふと、自分のペニスの屹立に気がつく。 ――ミシェル、ジャック=バティスト・ミシェルだろう? ――階級章の形は思い浮かぶか? スタンの、あの低い声が耳元で蘇る。 熱を帯び、固さを増していく自分自身を両手で握った。 ああ、そうだよ。 「準警部(サージェント・メイジャ)」の階級章なら、「あの後」すぐにチェックしたさ。 その階級には、今、たった七人しかいないってことも知ってる。 イレギュラーなポジションなんだ、きっと。だからスタンは、あんな軽口めいたことを云ったんだ。 股間の脈動が増し、膝が震え出す。 バスルームのブルーの壁に、僕は背中を寄りかからせた。 強く瞼を閉じて、昨晩の……スタンの握手の感触を思い描く。 滑らかな膚、しなやかな筋肉で締まった掌。 あれは、銃を持つ右手。 シューティングでスタンに勝つことなんて、誰にもできない。 どんな場合だろうと、スタンのグロックから放たれた弾丸が、想定と1ミリでも異なる場所に着弾することなど、決してないんだ。 その掌が今、僕の腰をなぞる―― 「……っ…あ、スタン」 僕の口から、愛しい(ひと)の名が洩れる。 そう、本当は一度だって忘れたことなんかなかった。 ただ、「忘れようと思うこと」に慣れただけ―― 片手をペニスから解いて、胸元へと這わせる。 小さい硬い突起に、指が触れた瞬間、僕のくちびるから呻き声がこぼれた。 ペニスを扱く指の先に、次第に力が入る。 僕の……「これ」が、中へと押し入っていくとき。 スタンはどんな顔をするだろう? あの氷のように蒼くて冷徹な目から、涙が溢れるかも知れない。 いいや、やっぱりスタンレイ=ストーン・コールドは、何があっても、あの冷静な表情を崩すことなんてないのかな。 イク時は? その時は、どんな顔をするの? スタン―― あの女の目の前で、これをスタンにぶちこんでやるんだ。 自分の夫が、僕にメチャメチャに犯されるところを見せつけてやる。 スタン、スタン―― もう、僕は。 快楽の波が、頭頂部まで達した。 歯の根が合わなくなるほどの激しい快感が、背骨をせり上がって、僕はくずおれた。 バスタブに両膝をつき、止めどもなく放出される白濁した粘液を眺めやる。 ……どうしよう 腰を痙攣させながら、僕はうろたえる。 捨てなくちゃ、あのメモを。 すぐ捨てなくちゃ。 早く捨てなくちゃ……って。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加