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19 バスルームを出て、キッチンへと入った。 スウェットのズボンだけ穿いて、頭からはバスタオルを被ったまま、僕はコーヒーマシンにフィルターをセットする。 スイッチをオンにして、テーブルの上の札入れに手を伸ばした。 スタンのメモは、その中に入れてあった。 何度も取り出しては、繰り返し眺めたから、端はたわんで折り目はすり切れていた。 コーヒーの匂いがキッチンに広がっていく。 僕は、そのメモを握りしめた。 もみくちゃにしてシンクに投げ入れる。 蛇口をいっぱいにひねって、水を流し続けた。 小さなメモは、すぐに溶けて排水口の中へと消えていく。 サーバーを取って、マグカップに出来たてのコーヒーをたっぷりと注ぐ。 ブラックのまま、ひとくちコーヒーを飲み下した。 熱い塊が喉を通り抜け、僕は深く溜息をついた。 そのまま、ぼんやりとカップ中を眺めやる。 ふと、テーブルの上の食べかけのチップスの袋と、その横に置かれた携帯電話に目が留まった。 テキストメールが来ている。 開いて見たが、なんのことはない。電話会社からの連絡メールだ。 僕はメールの画面を見つめたまま、しばらく固まっていた。 メッセージ作成のボタンを押す。 宛先の欄を反転させると、自分の指が、よどみもなく十桁の数字を押した。 メモを捨てたって、「あの番号」は頭の中にこびりついてる。 何度も見たんだから、当たり前だ。 ――結婚してたんだ? JBM それだけ打ち終わると、送信キーを押していた。 でも、ほぼ同じ瞬間には、僕はもうひどく後悔していた。取り消せるものなら、取り消したいくらいだった。 手にした携帯をテーブルに放ると、冷め始めたコーヒーに口をつける。 すると、テーブルの携帯が唸って回った。 慌てて指を伸ばす。 差出人は、「あの十桁の電話番号」。 僕はメッセージに視線を走らせる。 ――今の住所は? スタン……! スタンからの返信。 気が動転して、僕は画面を見たまま唸り声を上げた。 でもしばらくすると、胸の中にモヤモヤとした何かがわき起こる。 「今の住所は?」 だって?! それって、なんだよ。 僕にどうしろっていうの? スタン?! ふたたび携帯をテーブルに放り投げる。そしてベッドルームへと向った。 セーターとジーンズに着替え、コートを羽織る。 鍵と札入れだけをポケットに入れて、僕は家を後にした。 フラットの階段を駆け下り、表へと出る。 頭の中が、ぐつぐつと沸騰していた。 やみくもに歩き回って、僕はふとデリカテッセンの前で立ち止まる。 たまに、パンやサンドウィッチを買う店だ。 昼どきだからか、店には結構、客が入っていた。 いつものように、白髪に白髭の老人と耳の付け根にだけ黒々とした縮れ毛を生やした中年の男の人が、店を切り回している。 そう、見るからに「イタリア系」って感じだ。 レジスターの向こうから老人の方が、僕に大きな笑顔を向けた。 きっとその時、僕はひどい「ふくれっ面」をして歩いてたんじゃないかと思うよ。 でも、おじいさんのそんな表情を見たら、思わず微笑んで頷くしかなくなった。 そして、僕は店に入っていって、バジルチキンのパニーノをひとつ買った。 パニーノの包みを持って、僕はまた、自分の部屋へと戻ってきた。 コートを脱いで、リビングの一人掛けのソファーへと放る。 キッチンのテーブルの上に財布と鍵を置いて、一脚だけ置いてある小さい木の椅子に腰掛けた。 パニーノの包みを、乱暴に破く。 ひと口かぶりつくと、中身はまだかなり熱かった。 口の中を火傷しそうになった僕は、顔を顰め、マグカップの冷め切ったコーヒーに口をつける。 パニーノを食べ終わると、立ち上がって、マシンのコーヒーサーバーを取った。 マグカップに中身を注ぐ。 煮詰まって焦げっぽい匂いがしていた。 携帯電話の方へと、視線が向くのを止められなかった。 着信はない。 ひどく「やけっぱち」な気分だった。 携帯を手に取る。 僕はさっきの十桁の番号へと通話を発信し、携帯を耳に押し当てた。 呼出音が続く。 今なら、まだ間に合う。 通話を切ってしまおう……それがいい、そうすべきだ。 そう思いながらも僕は、電話を耳にあてたまま、指一本すら動かすことができないでいた。
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