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ふたりで行く休暇旅行についても、何の連絡も来ないままに日々が過ぎていった。 それでも僕は、ちゃんと仕事を調整して休みを取って待ってたんだ。 いつ、スタンから電話が来ても良いようにね。 そしてその日。やっとスタンから連絡が入った。 話はひどく唐突だった。 「釣りに行く話はなかったことにしてくれ」と、スタンはそう云った。 ショックだった。すごく。 だって楽しみにしてたんだ。本当に、楽しみにしてたんだから。 でも、そこで色々とみっともないこと云って取り乱さない程度には、僕にも意地と見栄があった。 「仕方がないね、スタンが忙しいのなら」 理由も訊かず、僕はそう云ってスタンを赦す。 でもスタンは、続けて僕にこう告げたんだ。 「もう良い潮時だろう。お前とはなかなか楽しかった」って。 さすがに、これには僕もキレた。 だって、何様のつもりだよ?! スタン。 「身勝手な人だ」ってことは、十分承知の上だ。 でも―― これはあんまりだろう? スタンへの気持ちを必死に忘れようとしてた。 そんな僕の心にズカズカと踏み込んできたのは、スタンの方なのに?! こんなに簡単にこんなに一方的に、僕を切り捨てるなんて。 胸に怒りが湧き起こる。 僕は、我を忘れて声を荒らげた。 「そんなこと許さない!! これはスタンだけの問題じゃない……僕たち二人の問題だ!」 「お前が許そうが許すまいが関係ない。勝手でも何でもかまわない。終わりは終わりだ」 そんな風に、スタンにはとりつく島もなかった。 「……僕は、何かスタンの気に障った?」 精一杯の冷静さをかき集めて、僕は訊いた。 「そうだと云えば、お前は満足するのか?」 それは「スタンレイ=ストーン・コールド」お得意の、皮肉たっぷりの口調だった。 ああ、もう無理なんだな……と。 そこで僕は思い知る。 こんな物言いを始めた「ハンセン教官」を説得するなんて、とてもじゃないけど無理だ。 身勝手極まりないスタンの言い分を、受け入れるしかない。 心の中で、感情が二つに別れていく。 悟りのような諦めと。 それでもなお、スタンの言葉に対する納得のいかない憤りとに。 「解ったよ、スタン。云うとおりにする……でも僕は、もう一度だけスタンに逢って、どうしても云いたい事があるんだ」 スタンに伝えたかったことが。解って欲しかったことが。 そうだよ。 僕は貴方に、ずっと云いたかったんだよ―― 「ならば今、電話口で云え」と。 スタンはあくまで、この電話を最後にすべてを切り捨てようとする。 けれども僕は、懸命に食い下がった。 「イヤだ、顔を見て、きちんと伝えたいんだ」 これだけは譲れない。 だって、そうでなければ伝わらない。 ――僕の言葉は、僕の祈りは。 「無理だ、逢えない」 そう冷徹に拒絶したスタンに、僕はなおも云い返す。 「待ってる、部屋で待ってる」と。 ねえ、スタン―― 貴方は、一体、何から逃げようとしてるの? 僕から逃げる必要なんかないのに、なぜ? なぜそんな風に、冷たい石の壁で自分の心を覆ってしまうの。 きっと、僕のことだけじゃないんだろう。 スタンは……奥さんもニーナも。 自分の中へと近づけようとはしてこなかったんだろう。そうに違いないんだよ。 スタンの身勝手な振舞いは。 相手を震え上がらせるような皮肉は。 それはみな、彼が――スタンが。 「世界中が敵だと思っても、スタンは、僕のことだけは怖がらなくていいんだ」 僕はスタンに云う。 「僕は絶対に、どんなことがあっても味方だから。スタンを傷つけたりしない、守るから」 これだけは解って欲しいって、ずっとそう思ってたんだよ。 僕はね、スタン。 伝えたいんだ。もう一度スタンに逢って、それを。 スタンがひどく体調を崩して、僕の部屋へと倒れ込んできたときにも。 震える背中を撫でて、冷たい身体を抱きしめながら、僕は思ってた。 僕は絶対に、スタンを傷つけたりしないって―― スタンは、僕のことだけは信じていいんだって。 僕のことは頼っても良いんだって、 どれだけ求めても奪っても、傷つけても。僕だけは、スタンの味方であり続けるからって。 でももう―― 僕の言葉は届かない。 スタンは黙って電話を切った。
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