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4 十四歳の誕生日を迎えた頃、施設長のアンリが、僕を部屋に呼んだ。 ジュニアハイに入ってからは、ぐんと背が伸びて、その時分、僕はシーズンのバスケットボールに夢中だった。 あの日も、夕食ギリギリまで、バスケットボールをしていたっけ。 帰るなり、僕は施設長の部屋へ行くようにと告げられた。 「こんな時間に呼び出されるなんて、ちょっと奇妙なことだな」と。 不思議に思ったことを覚えている。 部屋に荷物を置き、施設長の部屋のドアをノックして入った。 ソファーに先客がいて、僕はちょっと面食らった。 五十代くらいの男女だった。 僕は何となく「どこかの学校の校長先生みたいだ」という印象を持った。 施設長はすぐさま、僕を手で示すと、その先客に「彼がジャック=バティスト・ミシェルです」と英語で紹介した。 そして、僕に対しても彼等を示して「こちらはリック・ジョーンズ夫妻だ」と云い、ジョーンズ夫妻の前、自分の横に座るようにと指示した。 部屋の時計は六時四十分をさしていて、腹ぺこだった。 今日の夕食に無事ありつけるかどうかだけが、僕のそのときの関心事だったと思う。 施設長は、僕のことをしきりとジョーンズ夫妻に説明していた。学校の成績や施設内での素行なんかを。 今時めずらしいくらい、大変素直で真面目な子ですよ、数年前に自分の意思で洗礼と堅信を授かったくらいです。 施設内で友人とのトラブルがあった記憶も、わたしにはありません……。 「目下のところは、バスケットに夢中だな? ジャック=バティスト?」 施設長は急に、僕に英語で話を振った。 すると、それまではまるで生徒の進路指導中みたいな顔をしていた夫人の方が、ふと表情を和らげた。 「……なんて綺麗な金髪。ショーンもバスケットが好きだったわ」 それは独り言のような呟きに過ぎなくて、僕は何を返事していいのやら、黙っていた方がいいのやら、正直、判断がつかなかった。 そして、リック・ジョーンズの方も口を開く。 「ジャック=バティスト、君は英語も問題なく話せるかな? わたしはどうもフランス語が駄目でね。妻は大丈夫なんだが」 「はい、大丈夫です。ミスタ・ジョーンズ」 その問いには、直ぐに答えることができた。もちろん英語で。 「リックと呼んでくれ、ジャック=バティスト」 ミスタ・ジョーンズは云った。 「わたしは、アナよ」 夫人も続けて云う。 施設長が、僕に向かって、早口のかなりフランス語なまりの英語で説明を始める。 ジョーンズ夫妻はトロントから来ていること。 これまでに何人ものティーンエイジャーを自宅に引き取り、独立するまで面倒を見ていること、などを。 僕はやっと状況が飲み込めた。つまりは「ジョーンズ夫妻が僕を引き取ろう」という話なのだ。 その頃、僕は施設の最古参で、最年長になろうとしていた。歳の近い子たちは、みな養子に出て行ってしまった。 それに僕だって、この施設が、それほど長い間、そんな年嵩の子供を置いていられる場所ではないことくらい、十分わかる年齢になっていた。 ジョーンズ夫妻がそうしたいというのなら、彼等についていく以外の選択肢は、実際、僕には存在しないってことだ。 もちろん、施設長や他の誰からも、それを「強制された」ことなどなかったってことは、はっきり云っておくけれど。 リック・ジョーンズが、施設長に訊ねた。 「ミスタ・シャヴァリエ。もし良かったら、今晩、ジャック=バティストと夕食を一緒にしたいのですが……」 施設長はすぐさま賛同し、僕は食事が終わり次第、夫妻に送られて帰ってくるということになった。
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