1/2

90人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

5 施設を出発する日は金曜で、セメスターは、まだ正式には終わっていなかった。 朝食が終わり、子供たちが学校へ出払い、建物はガランとしていた。 病気で学校を休むようなことでもなければ、僕たちが施設のこんな様子を見ることなど、ほとんどない。 ベッドのシーツを剥ぎ、ピローケースと一緒にリネン室に持って行った後は、もうすることもなくて。 僕はスポーツバッグ一つだけの荷物をベッドの端に置き、枕もとの椅子に座って、ぼんやりと中庭を眺めていた。 十年以上過ごした場所から去るというのに、これといった感慨もわかなかった。 何だか他人事のようにも思える。 「玄関に迎えが来ている」と、施設の職員のヤンが僕を呼びにきた。 約束の時間ぴったりだった。 「ジャック=バティスト、荷物は? おや、これだけかい?」 リックは僕のバッグを持つと、待たせてあったタクシーに積み込んだ。 僕は振り返ってヤンと握手をした。何人かの職員が玄関に集まってきてくれて、元気でとか、寂しくなるわとか、ありきたりな別れの言葉を云っていく。 ここを出て行く子供を見送るのは、彼らにとって日常の光景だ。僕もこれまで数えきれないほど見てきた。 ひととおり皆に挨拶が終わって、僕とリックはタクシーに乗り込んだ。 「お仲間は皆、学校へ行ってるんだね?」 リックはシートベルトを締めながら云った。僕にもベルトをするよう念を押すのも、もちろん忘れていなかったけれど。 「はい。でも今朝、食事どきに挨拶してあります」 僕はベルトをバックルし、リックに答えた。 「アナはうちで待っているから」 リックはそう云うと、タクシーを発車させた。 施設の玄関から敷地の外に抜ける直前、教会の裏手を通った。ふとベル神父様のことを思い出し、その時になって初めて、僕の中に寂しさがこみ上げてきた。 きっと今、自分は泣きそうな顔をしているに違いない。 そう思って、ことさらに窓の方に顔を向ける。 と、教会の裏口に立っていらっしゃるベル神父様が、僕のぼやけた視界に入った。 はっきりとは見えたわけじゃない。ほんの一瞬のことだった。 でも、あの服や髪の感じ……。 僕は思わず腰を浮かせて窓に張り付いた。車はあっという間に行きすぎてしまった。 「どうしたの? 戻るかい」 驚いたリックが、すぐにそう云ってくれたけど、僕は首を振った。 その時、色の抜けた僕のジーンズの腿のところに紺色のシミがいくつかできて、僕は自分が泣いていることに気がついた。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加