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知治は天音たちの元へ戻っただろうか、ならば天音に連絡して事情を伝え、つまらないことに巻き込まれたと天音を取り返しさっさと帰ろう──いや、一発くらいぶん殴らないと気が済まないと思いながらスマートフォンを取り出す。天音に発信するが繋がる様子がない、母との会話に熱中しているのか──あるいは出られないのか。
「──今日、あの男は他にも客を取っている?」
悠希は低い声で静かに確認した。
「知るか!」
言いながら男の一人もスマートフォンを取り出す、こちらは知治に連絡を取ろうとしているのだろう。
まさか、実の娘を毒牙にかけるはずがない──そう思いながらも不安が募る。夫と娘を捨て家を出て行った母親は、若い男の隣でニコニコ笑っていた、そんな女に母としての常識があるのか──思った瞬間背筋が凍った。後先も考えず部屋を飛び出す。
「おい、金を……!」
背中に怒鳴られたが言い返す時間などもったいなく廊下を走り出す、毛足の長い絨毯が敷かれた廊下は靴音が一切しなかった。
天音が降りた9階へ行くためにはエレベーターか階段かと思いながら、握り締めたスマートフォンで再度発信する。
(天音ちゃん、出てくれ……!)
最悪の事態は考えたくはない、とにかく天音に届けと念じた。
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