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一人勝手に納得し言いながら近づく男の言葉はかき消えた、壁に叩きつけられた男の背が大きな音を立てる。
胸倉をつかんだ悠希の手がさらに捩じ上げ男を押し付けた、胸を押さえられては呼吸が苦しい、男は顔を歪めた。
「てめえ……ふざけんじゃねえぞ」
地声よりもさらに低い声で脅した、怒りで震えが止まらない感覚を初めて味わっていた。
「ふざけるもなにも、僕は、ちゃんと、金を払って、彼女を買っただけで、ちゃんとした、契約、だろう」
「なにが契約だ、俺たちはなにも知らされずに連れてこられた、遵守の義務はない」
男は肩をすくめた、声といい力といい、悠希はとても美しい男だということが理解できた、だがその事実を知ろうが知るまいが、自分は手続きを経て契約したのは事実だ。
「何があったか知らないが、トラブルは、関知しないよ、彼女は僕が買った、それだけが僕にとっての真実で、これはビジネスだ──いい加減、離せ」
「文句はこの子を売ったやつにしろ! 俺たちは帰る!」
「君こそが元締めに、訴えるべきだね。ああ、彼女にこんな仕事、をさせたくないなら、代わりの子を、連れておいで。少しの間なら待ってやる、そうだな、30分なら、待てるかな。待てるのは本番、だけだな、お口で奉仕くらい、はしてもらうが」
「本当にクズだな! てめえなんかに……!」
男の胸倉をつかみ揺さぶろうとした時、ドアが再度開き、ホテルスタッフが顔を覗かせる。
「お困りのことがございますでしょうか」
スタッフには大柄な女が大の男を壁に押しつけているのが見えた、女性が拉致されたらしいとは聞いたが何かの間違いだったかとスタッフは一瞬は思え、だが、悠希の表情にただ事でないことは理解できた、失礼しますと断り足を踏み入れたのは数人の男女だった。
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