あの日と同じ空の色で

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 十数年もして久しぶりに故郷へ帰ってきて幾日か過ぎて、ふと思い立って彼女と出会った空き地へ行ってみた。  あの日々の面影を見つけることで擬似的な彼女との再会を果たしたかったのかもしれない。  そこはまだ空き地のままで、同じ冷夏のモノトーン調の空の色で、同じ緑の濃い匂いがした。  この街は、あれから何が変わったというのだろう。  地元の駅前からコンビニが消え、書店が消え、昼間でも風が吹けばいたるところでシャッターが震えている。  子どものころ思い描いていた、都会的なビル街が出現することはもうないだろう。少なくとも僕が生きているあいだには。  そもそも、もうこの歳には愛する妻がいて、サッカーや野球の教えを請う子どもらがいて、毎朝あいさつを交わす隣人がいるはずだった。  が、僕の住んでいた当時市内で随一だった新興住宅地は、今ではすっかりゴーストタウン化し、空き家でないところも改築はままならず、さびれた街並へと変貌していた。  彼女は今、どこでどうしているだろうか。  あのころ胸に秘めていた夢のいくつかは叶っただろうか。  それとも僕と同じようなものを抱えながら、さまよっているのだろうか。  この街からとうの昔にいなくなっているのかもしれない。  いや、それでもいい。  それでもいいから、せめて無事に生きていてほしい。  それが僕のささやかな願いだ。  たとえ、すべての夢に破れて難破船のような落ちぶれた暮らしにあったとしても、あの彼女自身がいったとおりの心持ちでいるならば、おそらくは何も失わずにいると思う。  太陽も、青い空も、いつもそこに。  この世界が終わるまで。  瞳を閉じれば、彼女の濡れた指先と、彼女のささやき声が紡いだ言の葉たちが僕の胸に瑞々しくよみがえり、僕の身体の中で脈打っていたノイズが、しだいに静けさにとけてゆく。  その夜、激しい雨が降った。  夏が終わりを告げていた。  いつかと同じ短い季節に、僕は思わずうっすらと涙を浮かべた。  それから眠りにつくまで、寝室の窓のすきまから入る、その滝のような雨音に、ひとり耳を澄ませて聞き入っていた。 (了)
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