「久しぶりだね」

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 櫂人さんに別れを告げた後、私は携帯電話を解約し、語学教室の仕事をやめておかもとを手伝うことにした。  彼への未練を断ち切るため、ということもあったけれど、それ以上に祖父を助けたかったからだ。  私にとって祖父は親同然で、お店も含めて〝我が家〟だ。おかもとが潰れてしまうのを指をくわえて見ているだけなんてできるはずがない。  しばらくすると、ひとり奮闘する私を見て祖父も気力を取り戻してくれたのか、なんとかまともな営業をすることができるようになってきた。  その矢先、今度は私が開店準備中に倒れてしまった。  貧血気味なのは忙しくて寝不足のせい。食欲がないのは櫂人さんとの別れを引きずっているからだ。そう考えていたけれど、祖父が心配するので念のため内科を受診した。  結果は妊娠三か月。  呆然とした。  その日その日をやり過ごすことに必死すぎて、月経がないことにすら気づいていなかったのだ。  どうして? なぜ?  あの夜、彼はきちんと〝責任ある〟行為をしてくれていたはずなのに。  改めて受診した産婦人科医にその疑問を尋ねたら、男性用避妊具での避妊は百パーセントではなく、まれにそういうこともあると説明を受けた。  戸惑いや不安はあったけれど、すぐに心は決まった。  ひとりでもこの子を産み育てよう。  たとえ祖父に反対されたとしても、愛する人の子どもを産まないなんて考えられなかった。 「おお、今日の夕飯はオムライスか。うまそうだな」  お風呂から上がってきた祖父が、ちゃぶ台を見下ろしながら言う。  仕込みのために毎朝早く起きる分、祖父の夜は早い。仕事から上がるとすぐに風呂へ行くため、私はその間に拓翔をみながら夕飯の準備をする。  拓翔のことは私が自分で選んだ道なので、高齢な祖父にはできるだけ負担をかけたくない。  普段から家事や育児ではできるだけ甘えないようにしているが、店休日などは祖父が拓翔の相手を申し出てくれたりする。  断ると『じーじからひ孫とのふれあいを取るな』と逆に叱られるので、そういうときは素直に甘えさせてもらうことにしていた。
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