32)家族の絆

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32)家族の絆

碧は寝室のベッドで横たわっていた。 目覚めたが、身体が動かない。 手先の優しい温もりが、碧の生きる力を支えていた。 潤は碧の手を、ずっと握っていた。 お互いのしなやかながらも力強い手を、二人は長い間離さなかった。 まるで、絆を繋ぐようにーー 「碧、大丈夫?」 潤の優しげな問いかけに碧は声を出す力はなかったが、安心した表情で頷いた。 碧はしばらくして、やっと声を発する。 「潤さん、ありがとう…」 「やっぱり、潤さんといたら、安心する…」 碧は潤を愛する一方で、自分の父親と母親のような感じもしてきた。 親はいるものの、愛情を注がれなかった碧。 碧は潤といる事で、初めて家族の温かさを実感していた。 (そうだ、潤さんは俺の「家族」なんだーー) 「碧、きつかったら休んでて」 「ううん…喋らせて…」 碧は手を繋いだまま、潤を見つめる。 少し辛そうだったが、話したくて仕方がない様子も窺える。 潤はその頭を優しく撫でた。碧はその仕草に安心感を覚え、甘えながら縋る。 「潤さん…俺、お父さんとお母さんに、一度も褒められたことがないんだ…はっきり嫌いだ、言われたし」 「自分はダメな人間だから…いつも怒られて…そりゃあ、嫌われるよ…」 「碧…」 潤は一瞬湧き上がる怒りを抑える。怒りは、碧の両親に対するものだ。 自分の子供に向き合わず散々否定し、有名になったら過去が無かったかのように手の平を返す人間に碧は翻弄されたかと思うと、胸が痛む。 潤は日頃から、碧の自己肯定感が低い事が非常に気になっていた。 素晴らしい楽曲を創り出し、音楽に息吹を与え、大勢の人間の心を揺さぶっても、過去の傷と幼い頃に植え付けられた劣等感は簡単に消えないのだ。 それでも潤は、碧が前向きになるよう、さりげなく背中を押し続ける事、過去の憎悪からも碧を守りたい、と漠然と考えていた。 かつて自分が、優陽から愛情を与えられた事を思い出す。 「碧は碧のままでいい」 潤は、優しくも強い想いを持って、碧に伝える。 「碧は何か失敗があると反省するけど、それも碧の良いとこだ。だけど、自分を責める必要はない」 「碧の魅力は、碧にしかないんだよ。碧の声も、優しさもね。碧自身に感動してるのは、俺もなんだから」 潤はゆっくりと想いを伝える。 碧の優しく寄り添う声に、俺もどれだけ励まされているかーー 「それに、俺も碧にどれだけ助けられてるか…」 潤の気持ちは、碧にも伝わる。 優しい眼差しと共に、温かさも碧を包む。 どす黒い雨雲が一瞬のうちに消え、澄み渡る青空に変わるような力を感じた。 強い愛が、過去の傷に勝ったのだ。 潤が自分の声に感動しているーー この事が碧の励みになっていた。 「ありがとう…」 碧の表情は、心からの喜びに満ちていた。 「碧、少し元気になったら、藤棚に行こう」 潤は碧の回復具合を見計らって、提案した。 そういえば最近、藤棚に行ってないな… 碧は言いかけたが、言葉を発するも一瞬声にならず、笑顔で頷いた。 「藤棚に、温泉があるんだ。藤を観ながらお湯に浸かれるんだよ。疲れも癒やされたり、湯治にもなるから」 「温泉はね、身体の痛みを和らげたり、古傷を治したり、マイナスイオンがたくさん入ってるからリラックスにもいい。よく眠れたりするんだよ」 「潤さん…行ってみたい」 「温泉、気持ち良さそうだもんね…」 碧は弱々しく頷いたが、その瞳は楽しみに満ちていた。
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