01)劣等感

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01)劣等感

「おまえ、こんな事もできねーのか!」 「お前は何もかも遅いから、仲間に入れない」 「お前の言う事、変なの!」 とある少年が小さい頃から、ずっと嘲笑われながら言われ続けた言葉だった。 少年の名前は「空羽 碧(そらはね あおい)」 ASD(自閉症スペクトラム)と発達性運動協調障害を持ち合わせていた。 ASDとは こだわりが強く、コミニュケーションが苦手。 会話が噛み合わず、一方的に話す事もある。 変更や臨機応変に対応する事が苦手。 一方で、決めた事はやり遂げる意志の強さを持ち合わせる事も。 発達性運動協調障害とは 所謂「不器用」が際立つ発達障害で、手先が不器用で運動動作も遅く、作業にも支障を来たす。 運動に関連する小脳に関係する説もある。 碧は困難を抱えながら日常生活を送っているが、生き辛さについては、学校や家庭の理解は必ずしも進んでいるとはいえなかった。 友達「碧、今日ねー、テレビで…」 碧「…(無反応、聞いていないように見える」 友達「碧、話をいつも聞いてないよなー、もう碧とは口聞かない!」 碧は、興味がない事には反応を極端に示さない。友達が話しかけても無視していると誤解されがちなので、すぐに絶交されるという繰り返しでもあった。 また、碧は小学校高学年になっても、手先が不器用なゆえに靴紐がうまく結べず、いつも紐を引きずり学校に行っていた。 教師や同級生から「碧、だらしねぇな!」と何度も嘲笑される。 碧は教えられても、中々覚える事ができないのだ。 覚えようとしても、手順よりも「覚えよう!」という気持ちが先走り、結局緊張してできない、という繰り返し。その度に「やる気がない!」と叱責される。 碧は家庭でも孤独を抱えていた。 名門国立大学教授の父親、大手企業の管理職の母親を持つ、所謂「エリート一家」であった。 優秀な両親はは不器用な碧を理解しようとせず、 「碧は何をやってもダメ」 「何でこんなにクズなんだ!」 屈辱的な言葉達が、容赦なく碧を襲う。 碧は小学校就学前にASDの診断は受けていたが、両親は障害を受け入れず、適切な対応もなく、ただ碧を罵倒するだけで、家庭における発達障害への理解とは程遠いものだった。 本来は温かい存在の家族が、碧には恐ろしい存在になっていた。 厳格な両親に怯え続けていたのだ。 みんなができる事ができない故に、怒られたり嘲笑の的となる事も少なくなく、うつや自尊心低下にもなり得る。 普通の人よりやる事が遅く、やる事なす事何もかも足手まといと言われたり、周囲からは滑稽に見えていた。 このため、碧は常に生きづらさを感じていた。 普通に行動していても笑われ、友達とも会話が成り立たない。 聞こうとしても聞けなかったり、発言しても的外れな内容も少なくない。 自分は普通に行動してるのに… なんで笑われるんだろう… 何で怒られるんだろう… 自分が何かするたびに嘲笑され、怒鳴られる… 碧は行動を起こすのが怖くなっていた。 小学5年生の宿泊学習の時。 クラスで班を作るが、誰もが碧を避ける。 「あーあ、トロいのと一緒かよー」 「碧ってなんか邪魔だよねー」 無慈悲な言葉が容赦なく碧を襲う。碧は下を向いたままで「みんな、よろしくね」とはとても言えなかった。 「みんな、迷惑だよね、ごめんね…」 夕食のカレー作り 班一人一人に役割が充てられる。 不器用な碧は調理すらさせてもらえず、お皿やスプーンを運ぶ係になっていた。 碧は何をすればわからず、立ったまま班の仲間達の様子をオロオロと見ていた。 5年生になれば家庭科の調理実習もあるのだが、 碧は手際が悪く、包丁を持たせてもらえなかった。 また、家でも両親は碧に教えようとしても、覚えるのが遅く時間がかかると面倒がって教えてくれなかった。 みんな、小学生にしては手際よく材料を切ったり、お米を研いでいた。不器用な碧には何もさせない雰囲気を作り出していたのだが、慣れない調理に勤しむ班の児童達はイライラしていた。 「おい!碧!何ボーっと突っ立ってんだよ!そんな暇あったら、全員分のカレー運べよ!」 碧は6人分のカレーが置かれたお盆を持ってテーブルに運んだ。 「あっ!」 石につまづき、班全員のカレーが土の上に溢れる。 全員分のカレーが台無しだ。 「あーあ、碧のせいで俺たちカレー食べられないよ!」 「だから碧と組むの嫌だったんだよ!」 「お前、一から作り直せよ!」 「そんな無理なこと言うなよ。碧には無理に決まってんだろ!」 班のメンバーからは強く責められ嘲笑され、碧は萎縮してしまった。 やっとの思いで「ごめんなさい…」と言っても、声が小さすぎてメンバーに届かない。 騒ぎを聞きつけて教師が駆けつける。一連の流れが児童から説明されると、教師は顔を真っ赤にした。 「お前が気をつけないからだ!」 教師は庇うどころか碧を責めた。 宿泊学習が終わっても、碧と口を聞く児童は誰もいなかった。碧が近づくと、誰もが迷惑そうに避ける。 やがて宿泊学習の様子は、担任教師から碧の両親に伝わる。両親は碧の行動に驚き、教師が帰ってから碧を恫喝するように叱責した。 「なんであんたは、いつもできないのよ!」 あんなに大好きだったカレーが、大嫌いになった日。 カレーを見ると、大失敗してみんなに怒られたのを思い出す。 給食のカレーですら、食べる直前にトイレに駆け込み、吐いてしまう。 もう誰も、俺に見向きもしない。 俺なんか生きてたって、役に立たないんだから… 俺が全部悪いんだから… 心無い言葉に傷つくことも多く、常に1人だ。 「どうせ俺は、役に立たないダメな人間なんだ…」 碧は、ずっと下を向いて、人を避けるように過ごしていた。 まるで自分を守るかのように。
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