19人が本棚に入れています
本棚に追加
35)碧と潤(懐孕)
碧と潤は、紫と白の藤が咲き乱れる藤棚の中を、手を繋いで歩いていた。
藤の花々は変わらずに、繊細な花を咲かせ時折揺らめいているが、碧にはいつもより艶を帯びているように感じていた。
まるで、藤の「媚薬」に溺れるかのように。
「少し休憩しよう」
潤には碧が疲れているように感じ、休むよう促し、藤の樹木の傍に腰掛ける。
女性の姿になった碧は、微睡んだ状態のまま、潤の手のひらに触れる。
その瞬間ですら、心が高鳴り、何処か遠くに行きそうな気がしていた。
潤は碧を、肩に抱き寄せる。
潤の優しい眼差しにも、碧は一瞬苦しくなる。
いつもの潤さんなのに…
まるで初めて出逢ったときのように感じる。
碧は恥じらいからか、直ぐに視線を逸らしてしまう。
「碧、正直に話してみて?」
いつもは無理強いしない潤だが、今日は話すよう促してみる。
碧が何かを伝えたい気持ちが、強そうに見えたのだ。
「俺、今日は何だか…潤さんに甘えたい…」
碧はふわりと、潤を抱きしめた。
一瞬、藤の儚い香りが漂う。
「潤さん…」
抱いて、と無邪気に甘える碧の唇を、潤が唇で塞ぐ。
「碧…」
潤は、白い純粋な藤の秘められた艶気に酔っていた。
碧は純粋無垢な眼差しを向けながら、愛をせがむ。
「潤さん…もっと抱いてよ…寂しい…」
碧は潤が一瞬離れただけでも、悲しい気持ちになる。
今日の碧は、悦楽を求める気持ちが強く、感じやすいだけではない。
潤が少し離れただけでも、寂しい感情に襲われる。
碧の気持ちを察した潤は、華奢な身体を力強く抱きしめ、唇に押し付けるように口づける。
潤は碧が求めるままに、何度も口づける。
碧は苦しそうに呻きながらも、潤に口づけをせがんだ。
「……!」
潤が碧の乳房に、その中心に触れる。
碧は潤に触れられただけで、自然と声も大きくなる。
胸元だけでない。身体の凡ゆるところで、潤を感じていた。
潤には、碧の女性の色香の中のあどけなさにも、胸を熱くしていた。
「碧、俺も甘えたい…」
潤も碧に縋るように、きつく抱きしめる。
「離れたら嫌だ…ずっと抱いてて…」
お互いが離れるのが怖い
離れないで…
愛する人に甘えたい
ずっと…抱いてて…
碧と潤は、その一心で求め合った。
抱き合いながら、愛に潤う藤に守られ、
二人は溶け合い、一つになった。
藤の花の悦びが、命を繋ぐ「歓び」にも変わりゆくようにーー
碧はあの日以来、身体が元の男性に戻る事はなく、ずっと女性の状態が続く。
いつもなら女性の姿になってから、長くて2,3日で元に戻るのだが、今回は1週間、10日以上経っても戻らない。
2ヶ月経っても、碧は「女性」の状態だった。
そしてこの間、体調がすぐれない日が増える。
思う通りに身体が動かない、直ぐに疲れたり、いつもは感じない眠気にも襲われる。
碧も潤も、お互いに労わる傍ら、碧自身のある兆候を予感し始めたーー
碧は潤と極秘に、とある病院を訪れる。
そこは、剛毅の知り合いが経営する病院。
何か兆候があれば行くように、と以前から伝えてあった。
医師が診察し、穏やかな口調で告げられた事は
「おめでとうございます。8週目に入っていますね」
碧の中に宿った、新しい生命。
小さな命には、心音も鼓動も芽生えていた。
「嬉しい…俺たちのところに来てくれたんだ…」
碧は潤と顔を見合わせて喜ぶ。
その綺麗な瞳達には、歓喜の涙が宿っていた。
「これから、宿った命を大切にしていきましょうね。僕も医師として支えていきます」
優しく背中を押すような医師の言葉に、碧と潤は頷き、謝意を伝えた。
碧と潤は病院から戻ると、新しい命の芽生えに心が躍らせながら藤棚へ連れ立った。
新しい生命に、紫と白の藤の花びら達は、微笑むように揺れていた。
「藤も、喜んでくれてる…」
碧と潤は、歓喜の涙を流した。
碧の腹部に、二人はそっと手を重ねる。
小さな、温かい鼓動。
碧と潤は、そっと抱き合う。
新しい命が生きている証を実感し、喜び合った。
俺たちの元に、来てくれてありがとう…
あなたを守るから
ずっと一緒に、生きていこうね…
最初のコメントを投稿しよう!