いくさの足音

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 翌朝、「木箱取り合戦」を試して規則を明確にするために、王女付きの侍女30名が総動員された。 「まず見てもらいたいものがある」  コツバメがそう言って近くにいる侍従に目配せした。  その侍従は畳んで幾重(いくえ)にも重ねられた白い布の束を持ってきた。 「それは?」 「この木箱に掛ける布じゃ」  広げてみたら、その布の真ん中に狼の()が描かれている。 「この箱、つくりが雑なところもあっての、子どもが勢いよく座った時に擦ってすり傷を作ることがあるかと思うてな」  木箱を侍従に軽く持ち上げさせて続けた。 「このように箱に掛けて、底で布を踏むとよいぞ」 「へぇ。この画は……? こっちは虎かな?」 「前門の虎、後門の狼じゃ」  コツバメの顔がなぜか得意げだ。 「そこは縁起のいい鶴と亀にしておくところじゃないかなぁ」 「対の動物ならまず犬と猿じゃね?」  ナツヒもぐいっと入ってきた。 「昨夜、画の達者な侍従たちに描いてもらったのじゃ。これでいくぞ。それでな、どうしても1つの箱に同時に座って譲らぬ場面もあるじゃろ? その時、狼の椅子なら背丈の高い方が獲る、虎なら低い方が獲る、の決まりとする」 「そうね、子ども同士の戦いだから、そういう決まりがあった方がいいわ」 「ならば私は今からやぐらに上って、上から上手くいっておるか見守るのじゃ」 「え?」 「本番は私も参戦するからな。よいな」  そう念を押すと、コツバメは小走りで近くのやぐらへ向かった。  それから皆で円を描くように木箱を並べた。そこに虎と狼の画が交互になるよう布をかぶせ、その周りを侍女らが囲む。 「じゃあとりあえず私が唄うね。私の声はよく通るから」 「お前、なんか唄えるのか?」 「任せて。♪ア゛ア゛ア゛~~」 「「「う゛っ……」」」  早速ユウナギが意気揚々と唄ってみせたら、周囲の者が一気に凍りついた。自分は言えないからお前が言え、という視線がナツヒに集まる。  そういえばそうだった、と仕方なく彼は、後ろから彼女の口を押さえて無理やり止めた。 「俺の下の者が唄う」 「え? なんで?」 「いいからお前は唄うな」 「じゃあ私は進行役やるね」  ユウナギが素直で助かった。  こうして予行はつつがなく終わり、彼らは反省会を始める。 「唄い手はさすがに30数回唄うのも疲れるから、何人か用意した方がいいわね」 「意外と白熱したのう」 「分別のある年ごろの侍女たちだから揉めごと起こらなかったけど、子どもたちじゃどうかなぁ」 「最後の方まで残ってた者はヘトヘトになっておったな」  反省も終わったら、ナツヒは競走の手配を確認してくると、護衛を下に任せ出かけていった。 「明日の天気も良さそう。楽しみね」 「そうじゃな」  すっかり以前からの友人のようになったふたりは、笑顔を見合わせたのだった。  その夜、ユウナギは少女を探していた。 「コツバメが見当たらないんだけど、知らない?」 「俺は見てねえけど……」 「私はここにおるぞ」  後ろから声をかけた少女は、少し衣服を汚していた。 「どこに行ってたの? この辺は安全とは言え……」 「おなごにそのようなことを聞くものではない」 「おなごって……ちびじゃない」 「む?」  護衛で交代でしか眠れないナツヒが、日も沈んだので明日に備えて早く寝るように言った。  ふたりは寝室に戻り、それほど数を数えぬうちに眠りについた。
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