はじめの一歩

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はじめの一歩

 それから幾日かたった晴れの日、ユウナギはまた弓を引いている。  だがどうにも的を外してしまう。 「何本射てもそれじゃ仕方ないだろ」 「ナツヒ……」  ふたりは鍛錬場を共同で使っているので、高確率で鉢合わせる。  しかし今回は、ナツヒが彼女に何かを渡しに来たようだ。 「あれから俺も、あの(むら)を訪ねたんだが」  彼は少女の父親の在籍する官舎に顔を出し、彼女に文字を教えたという元高官の老人と対面した。  老人は多くを語らなかったが、少女から王女へ預かりものがあるという。 「これは?」  小さな四角い紙が王女に手渡された。その紙にはうっすら葉の跡が付いている。 「爺さんが紙の作り方をあいつに教えて、一緒に作ったんだと」 「これ、あの子が作ったの?」 「それを大事にしていたが、最近爺さんに託してきたとかで」  なんとかこれをユウナギに渡して欲しいと言って。 「それが爺さんもあいつと最後に会った日になったようだが……」 「紙なんて作るの大変だったでしょうに」 「あいつがお前の話したとき嬉しそうだった、だからそれは感謝の気持ちなのだろうと言っていた」  ユウナギはそこでどうしようもなく泣けてきた。彼女はもう本当にいないのだろう。  ナツヒは思わずユウナギの頭に手を添えた。 「助けてあげられなかった。人も動物の一種だから、こういうことも起こるんでしょうけど、人は周りが助けてあげられる生きものでしょう? なのに私、何もしてあげられなかった」 「何もってことないだろ」 「あの子に友達たくさんつくってあげたいって思ってたけど、本当は……私があの子の友達になりたくてやってたことなんだ。短い間だったけど、とても楽しかった……」 「そうだな、俺もなんやかんや楽しかったな……」  ナツヒも少し目頭が熱くなった。 **  ユウナギが悔しさでさんざん泣きわめき、やっと落ち着いたという頃。ナツヒは尋ねた。 「そういえばあいつ、帰りがけにお前になんか言っただろ。何だったんだ?」 「ああ……」  ユウナギは思い出していた。あの子はあの時。 ────「私にはおぬしの中に眠る、神と繋がる力がみえる」 「え……?」 「おぬしや周りの者が望むカタチで発現するかは分からぬが。ま、焦らぬことじゃ」  ユウナギはなんとなく、口にしたくなかった。 「秘密」 「は? 何だよ言えよ」 「言ったら実現しないかもしれないもん」 「じゃあ俺も秘密にするぞ」 「何を?」 「その紙の使い方」 「え? これに使い道なんてあるの? 何?」 「お前が言わなきゃ言わねえ」 「くぅ……絶対言わない」  先のみえない不安な日々の中で、ゆく手に差し伸びる一筋の光。  彼女は人に寄り添う温かい神の存在を、少し、信じてみたくなったのだった。 ✼••┈┈┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈┈┈••✼ 第一章、お読みくださいましてありがとうございました。 ニ章から冒険が始まります。続けてお読みいただけましたら嬉しいです。
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