カゴの鳥が羽ばたく時

1/3
前へ
/94ページ
次へ

カゴの鳥が羽ばたく時

 3日間しとしと続いた雨が上がりよく晴れたその朝、ユウナギが川辺を散歩していた時のことだ。  自分付きの侍女が洗濯しているのを見つけた。隣には積まれた洗濯物の山。  雨が続いてたので仕事が溜まっているのだろう。しかも自分はここのところ、月のものがきていたのだ。近づいてその衣類を見てみると、やはり自分の使ったものだ。  そこで侍女にこんなことを申し入れてみた。 「ねぇ、私の衣類は自分で洗わせてくれないかしら」  唐突な申し出に侍女は驚いた。 「とんでもないことでございます。ユウナギ様にそのようなこと」 「だって白地に大量の血。大変でしょ」 「これは私どもの仕事ですので」 「私、ここに来る前は洗濯も掃除も、家の仕事は何でもしてたの。4つの頃からやっていたのよ」  だから久しぶりにやりたいとしつこくねだってみたが、侍女としても受け入れるわけにはいかない。 「そう。じゃあ、これは命令です。あなたは今すぐ調理場で仕事をしてきなさい」  とうとうこのように言い出した。命令と言われてはどうしようもない。侍女は礼をして下がっていった。  確かに王女になってからは侍女が身の回りのことをすべてやってくれるが、血の付いたものまで他人に洗わせるなんて恥ずかしいことなんじゃないか、とユウナギは考えながら、流れる水の中で布を擦った。これがずいぶん力のいる仕事だった。  それでもなかなか手慣れてきた頃、そこにトバリがやってくる。 「王女ともあろうお方が洗濯ですか? 侍女を困らせてはいけませんよ」  実は侍女が調理場に向かう途中たまたま彼と出くわし、王女にこんなことを言われたと話したのだ。正直本当に困った、とは口にしなかったが、彼になら伝わっただろう。 「兄様……。だって私、暇だし」 と言った直後、失言だと口を押さえた。  彼は毎日役目で忙しくしているのに、自分ばかり暇だということが申し訳ない。 「私も今、暇なんですよ。王女が洗濯している珍しい風景を、隣で観察していてもいいですか?」  気を遣わせてしまったが、これだからユウナギは彼が好きだった。 「けっこう強く擦ってるんだけどね。血はなかなかきれいに落ちないの」 「血ですか……」 「うん。よし。これでどうだ! 目立たなくなったでしょ」  腰を上げて、大きな白い布を広げて見せる。  その得意げなユウナギの顔を、目を細めて見つめ、トバリは話し始めた。 「……先日東の(むら)からやってきた行商人の話を思い出しました。その商人の取引相手に、稀代の魔術師がいるのだそうです」 「魔術師?」
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加