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レッツ・大冒険!(小旅行)
「はぁ……」
中央を出てからそれほどたってはいないが、もう飽きたのか、自分の馬で飛ばしたい……とフテくされ馬車に揺られる護衛兵・ナツヒ。車酔いで心が折れそうなユウナギの隣にて、無言を貫いている。彼女だって話しかけてほしくはないだろう。
中間の邑で一泊、翌朝も早くに出発し、やはり無言のまま目的の邑に着いた頃は夕暮れ時。
急いで件の商人を探したら、運良く知る人に案内してもらえた。そして無事商人と対面し、彼宅に泊まらせてもらうことに。
夜、魔術師について聞いてみた。どのような人物なのか。
「ああ、もともと彼はこの集落で、薬師として暮らしていたのだけどね」
どうやら、製薬や実験の際に爆発が起きたり異臭を放ったりすることがあり、気味悪がる者も現れ、そうした住民との折り合いがつかなくなった。
ゆえにもう何年も山に籠って自適の暮らしぶりというわけだ。
「懇意にしているから庇うのもあるけど。本人はいたって気のいい真面目な男だよ。悪意のない訪問者を無下に扱うことはしないだろう」
こう聞いたユウナギは安堵した。
2日の時を窮屈な移動だけで費やしたので、山道を歩くのを楽しみに、眠りについた。
朝、山のふもとで商人に礼を言い別れてから、荷台がやっと通るくらいの道を歩き早5刻。
山奥に建つにしては立派な竪穴建物が、進行方向の先に見えた。走って近寄ると、その家屋の奥には倉庫とみられる小屋が2軒ある。
「きっとここだ、魔術師の居場所は……」
ユウナギは息を吸い込み、できる限りの大声を上げた。
「すいませ――ん。誰かいますか――?」
「ほ――い。誰かいま――す」
「おおっ。声が返ってきた!」
「おい」
うきうきして前に出ていくユウナギを、ナツヒはさっと自分の後ろに回す。
「「!」」
戸からのそっと出てきた男。それは、ずいぶんと背の高い、驚くべき容貌の者だった。
なんと形容すればいいのだろう。ひとたび鬼かと思ったが、恐ろしい印象ではない。非常に彫りの深い目鼻立ちだ。
目の色も、それは灰色だろうか、黄だろうか。明らかにこの国で生まれた民とは違う彼の面構えに、ふたりそろって面食らう。
「何か用か?」
その風貌に釘付けになっていたユウナギは我に返った。
「あ、あの、ふもとで商人から聞いて来ました……私は“ナギ”と言います。こっちはお供のナツヒ」
名前をそのまま明かすなとトバリに言われてきたので、単純に略した。
「ふしぎな……珍しい薬があるって聞いて。譲っていただけないかしら」
「とりあえず、こちらへどうぞ。山道でくたびれただろう?」
商人のことを話したおかげか、特に警戒されず中に招かれた。
中は衝立で仕切られていて、手前側を居住空間にしているようだ。庶民の家は通常、多目的の一室なのだが。
うながされ、藁のむしろにふたりは座った。
そして近くの川で釣れるという魚数匹でもてなされる。めったにない訪問者のおかげで男は機嫌が良いようだ。
緊張を自覚しているユウナギは、先によもやま話をしようと思った。
「衝立の向こうには何があるの?」
「薬品や材料の棚がところ狭しと置かれている」
見てみたいけど親しくなってからじゃないと言えないな、と好奇心を引っ込める。
「以前は平地で暮らしていたと聞いたのだけど」
少々遠慮のないユウナギはこう尋ねた。
「ここに追いやられたことを、根に持っていたりはしない?」
「山間の暮らしが気に入っているのでそれはないな」
口調や物腰から、見た目の印象より穏やかな男だとナツヒも感じた。
そのあたりで口火を切ったのは男の方だった。
「欲しい物があってここに来たのだろう?」
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