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神隠し
ナツヒも確かに一瞬、自分の身体が浮き、強風に激しく吹き飛ばされるような感覚を覚えた。
だから目を閉じた。
その瞬きの間に何があったのだろう。
次に視界に入ってきたその場は、田畑の広がる平地だ。
うっそうとした木々の中を歩いていたはずなのに、これはいったいどうしたことか。
そしてユウナギはすぼめた肩で彼の胸にしがみついている。
「おい、大丈夫か?」
肩をゆすられユウナギは抱きついたまま、恐る恐る目を開け、彼の顔を見上げた。
「大丈夫……」
「……」
涙目になっている彼女の顔を身近にして、ナツヒは慌てて彼女を自分から引っぺがすのだった。
「ん? ……あれ?」
剥がされて視界が広くなったユウナギも、その異変に気付いた。
「ここは……?」
しばらくふたりは無言を貫いた。呆けてしまったというのが正しいだろう。
山間にいたはずが、近くに川が流れ向こうには林、小さく住居も見えるのだ。
その時、人の声が聞こえた。その方へ振り向くと、橋の上に人影がある。
その影はふたり組で、誰か――誰か――! と片方が呼び声を上げていた。どうやら男が川に飛び込もうとしていて、それをもうひとりが止めようとしている。
まわりには誰もいない。それが判明したのでナツヒは足早に駆けていった。
そして飛び込もうとしている男に掴みかかり、そのみぞおちに一撃くらわせたのだった。
「あわわ~~……」
ユウナギはその思い切りの良さに、少々他人のフリをしたくなった。
その後、意識を失って倒れた男をもうひとりの邑人が背負おうとしたので、ふたりは手助けし礼を言われる。
ユウナギはいきなり暴力を振るう、見ず知らずの人間に礼を言うなんて、本気でこの意識不明の若者は川に飛び込もうとしていたのかと知るのだった。
そこで邑人がふたりに尋ねる。
「あんたら、見かけない顔だが……」
「俺たちは旅の者だ」
ナツヒが間髪を入れず答えた。ユウナギはたぶん彼が話した方がいいのだろうと自重した。
「俺たち、今夜泊まるところを探しているんだが」
「……とりあえずついてきなよ」
こういうわけで、邑人の話を聞きながら集落へと向かうことに。
邑人の言うには、彼はこのノビている男の隣人で、男は事故で妻子を亡くしたばかりなのだと。
そしてその事故を引き起こした人物の正体も分からず、自暴自棄になり、今死のうとしていたという話だ。
そこで、まだ男はとても目を離せる状態ではないので、彼の、妻子と3人で暮らしていた家で共に雑魚寝をしないかとふたり誘われる。
ユウナギは、そうしよう! とナツヒに目で合図を送った。
ちょうど住居に到着したが、それは本当に小さな家屋だった。夫婦がふたり身を寄せ暮らし、そこに生まれたばかりの子どもが飛び入り参加したような空想を抱く空間であった。
すでに辺りは暗い。邑人は家に入ったらばさっと男を転がして、自分はイグサの織物をかぶりすぐに寝てしまった。
ふたりも背負っている台を置き、空いているところに腰を落ちつかせ休むことに。
「これからどうすればいいの……」
「とりあえずさ、住民の前では一時滞在の旅人を装うことにしよう」
それは嘘ではないのだし。
「彼らの暮らしに一時溶け込ませてもらうってこと?」
「ああ、そういう“てい”でこの状況を調べるしか、今は方法がない」
「中央に無事帰れるかしら……」
「考えて不安になったところで仕方ないだろ。さ、寝よう」
ユウナギがうなずいた時には、ナツヒはもう横になっていた。
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