引き裂かれた家族

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引き裂かれた家族

 翌朝、最後に目を覚ましたのはこの住居の主、昨夜入水しようとしていた男だ。  隣人は彼にふたりのことを軽く話し、そのまま畑仕事に行ってしまった。  そこには気まずい空気が流れる。ナツヒは人助けのつもりで一発くらわせたのだが、本人は死にたがっていたのだ。  ここは自分が話した方がいいかと感じたユウナギは男に、良ければ身の上を話して欲しいと言った。  昨夜、隣人から少し話を聞いたので、力になれればと。なんせこちらには体力腕力に関しての専門家がいるのだから。  それを聞いた男は、(せき)を切ったように話し始めた。  きっと誰でもいいから聞いてほしかったのだろうと、ユウナギは感じたのだった。 「溺れる者は(わら)をも掴む、だな」 「ナツヒっ」 「溺れようとしてた者、だけど」  ナツヒは無視して彼の話に聞き入った。  先日のことだ。  男が農作業から帰ってきても、妻子は家にいなかった。  もしかしたら妻の実家に帰っているのかもしれないと、すぐ日が落ちたので眠りにつくまでは待っていた。  朝一でその実家に出向いたがふたりは来ておらず、近くに住む者らにも尋ねたが、誰も見てはいないと。  昼になる頃にはみなで捜し始めたが見つからず、邑人(むらびと)らは各々の判断で、邑を出たところまで範囲を広げて捜していた。  しばらくして、ある者が道端で黒ずんだ血の跡を見つけた。細い車輪の跡と重なるそれを辿ってみると、その先には変わり果てた彼の妻の姿が。  驚き飛び上がって、彼と捜索の協力者たちを呼びに行った。その後、土手の下の溝に落ちた赤子の遺体も発見される。  車輪の跡から彼女は荷馬車に轢かれ、引きずられて絶命したとされた。  その馬車が向かった北の方には3つの邑がある。  そこに犯人はいるはずだと、協力者らを連れ談判に行ったが、どこでも知らぬ存ぜぬと言われるだけだった。 ――という話だ。  そこまで聞いたユウナギは、何が何でも犯人を探し出そうと息巻く。  それと同時に、それまでは自らを死に追い込むような真似をしないよう男に約束させた。  男はこのところ葬儀などで仕事を仲間に任せきりだったので、手につくわけがないと言いながらもこの日は働きに出た。  ユウナギとナツヒは朝の食料を手に入れた後、北の3つの邑へ。  途中ふたりは相談をする。 「その日稼働していた荷車や馬車を調べることから始めましょ」 「持ち主と通行経路を割り出すところまでやると、1日じゃ終わらないな」 「普通、道端で人が倒れていたら誰かが気付くよ。だからあの日いちばん最後に通った人物が犯人のはず」 「気付いても知らないふりして通り過ぎるんじゃ? 自分がやったと思われたくないとかでさ」 「事故現場は集落の入口のそばだもん、見つけたらすぐ言いに行くわ。自分が犯人かどうかは車を見せれば分かることだから、黙って通り過ぎる理由にはならない。そんな人いないと信じたい」  信じたいという願望はどうなんだかと思うが、ナツヒも概ね賛成で、夕刻にそこを通った馬と荷車を徹底的に調べることにした。  3つの邑で聞き込みをするというのは移動だけでも時間がかかり、その日は2つめに訪れた邑の集落にて、空き小屋に泊まらせてもらうことにする。  この日の活動で、ナツヒはその邑が国の西方に位置するところだと見込んだ。  東の邑から逆の西に飛ばされたという事実に、ユウナギは愕然とする。  しかしどうすることもできない。その夜はできるだけ考え込まず眠りについた。  そして2日目も最後の(むら)でいくらかの馬車に目星を付けたが、それらにこれといった違和感はなかった。  使用者らとも話をしてみた。こちらが疑ってかかるので仕方ないが、ほとんどの者は態度がよそよそしく、まともに取り合おうとしない。  言葉があっても、物より人の方が厄介だった。  小雨が降ってきたので切り上げ、元の(むら)に帰るという家畜を乗せた車の片隅に乗せてもらい、男の家へ戻った。  仕事を終え帰っていた彼に2日間の調査を報告、またそれを続ける旨を話した後、ナツヒはすぐ寝てしまった。 「……雨止んだわね」 「こんな雨上がりの晴れた夜だった。僕が彼女に……妻になってほしいと打ち明けたのは」
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