引き裂かれた家族

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 ユウナギは、責任ある大人としての道が始まったばかりの青年に、こんな(ごう)を背負わせるようなことを神はなさるのかと、悔しく思った。  それを紛らわせたくて彼の妻とのなれそめを聞いてみた。 「彼女は近くに住む幼馴染だった。とはいえ彼女の家の方がよほど裕福でね。子どもの頃は気付かなかったが、気楽につるむような立場ではなかったかもしれない」  子どもながらに、彼女の他者の目を気にしないおおらかな人柄を尊敬していたようだ。  それでもその時点では、ただ仲間のひとりだった。  美しく成長した彼女は、その評判が隣の(むら)にまで広がり、役人の第5夫人にと望まれるようになる。  彼女の親族らは、その邑の大きな一族と関りを持てると喜んだ。 「その雰囲気の中、僕も彼女に「良かったな、おめでとう」と言ってしまったんだ」  それから彼はどうしようもない寂しさに襲われた。  彼女が地元を離れ、その家に入るという事実が受け入れられない。自問自答を繰り返す日々。  わがまま以外のなにものでもないが、どうせもう会えないのであれば、これをただ声にしたいと思いつめた。 「隣(むら)へ嫁ぐという前夜、僕は彼女のひとり過ごす小屋まで走っていった。そして彼女に言ったんだ。どこにも行くな、僕のところに来てくれ! 貧乏で何もないけれど、永遠に君だけを大切に想うから、って。彼女はそれを喜んで受け入れてくれた」  婚礼を直前で断ることになり、彼女の親族にはもちろん厳しく咎められた。  しばらくは住民とも気まずくなり孤立した時期もあったが、夫婦でまじめに暮らしていく中で、なんとか認めてもらえるようになる。  そして子を授かり、やはり貧しい暮らしではあるが幸せな日々の中にいた。 「すてきな話……」 「でもね、息絶えた彼女を見つめて思ったんだ。僕と一緒にならないで、隣の邑に行っていたら、こんなふうに死んでいくこともなかった。息子だって生まれてこなければ……」 「ううん、そんなふうに思うことない」  刹那の間、そこは静まり返った。ナツヒの寝息が小さく聞こえている。 「今更そんなこと言ったって、どうしようもないもん」 「そうだけど……」 「必ず犯人を見つけ出して、償わせて、ふたりの墓前に報告しましょう」 「そうだ。それまでは死ねない」  苦しいかもしれないがそれが今、彼の命を繋ぐ理由になるのなら、ユウナギは全力で協力したいと思った。 「君と彼も幼馴染? ふたりで旅なんて、もしかして良い仲なのかい?」  彼はそう言って熟睡しているナツヒを指さす。 「幼馴染だけど……そういうのじゃないわ。私には他に想い人がいて、片思いなの」  そうユウナギが寂しそうな表情を見せても、男性ならではなのか、彼から気の利いた返事はなかった。 「さぁ寝ましょ」  先ほどは、彼にできる限り力を貸すと迷いはなかった。  しかし兄のことを思い出した今、いくらかの不安が芽生えたのだった。本当に自分たちが神に隠されたなら、彼は今頃心配しているだろう。  いますぐ馬車で中央に帰ったとしても、門限は守れない。捜索が始まってしまうかもしれない。  夜が明けたら一刻も早く帰った方がいいのだろうか。  そんなことを考えあぐねていたのだが、さすがにこの日も疲れていて入眠してしまった。
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