それは死者が示す道標

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それは死者が示す道標

 翌朝、男は仕事仲間に呼ばれ、慌てて家を出ていった。 「……いったん中央に帰るか?」  家屋戸口の段差に腰かけているナツヒが、ユウナギの迷いを察したのか、そう問いかけた。  入口から朝日が差し込み、まぶしい。 「でも……彼をそのままに残していくのは」  まだ撤退する勇気はない。 「進展もないのに、ここにいるだけでも不毛だ。むしろ中央の強権(きょうけん)使って犯人を挙げる方が、可能性がある」 「強権で脅しても真実が得られるとは限らないわ」  ユウナギは子どもながらに感じていた。丞相(じょうしょう)が民に対し、度の超えた権力を振りかざさないという信条を胸に、政務に骨を折っていることを。それは一族に代々受け継がれている心根のようで、そういった為政者だからこの国の、少なくとも内政はうまくいっているのだと思う。  ユウナギが意固地になりそうで、ナツヒは話題を逸らした。 「なんか変なんだよな、一昨日から思ってたんだけど」 「変?」 「あの農作物」  入口から小さく畑が見える。この国ではよく目にする類の作物だ。 「先日どの地域もすべて刈り終わったはずなのに、今まさに収穫直前のいい熟れ具合だ」 「……確かに変だけど……」  それは今重要なことだろうか、とユウナギは訝しんだ。 「とにかくここにいてもさ。お前はその(かめ)の薬を手に入れるために出かけたんだろ」  そう言って彼は瓶を指さす。 「そうだけど……」 「で、結局それは一体何なんだ?」 「もう。道中で話したでしょ。死者の行く道を示す薬よ。これがあれば黄泉の国を発見できるかも!」  ユウナギは甕を抱きしめた。 「……もしかして、だからこの甕を持った私を、神は彼の元に寄越したの?」 「俺は女王の力は信じるけど、死者が形を成す国の存在なんて、さすがに信じられねえ。そんな国があるなら、あいつは川に飛び込んで流されりゃ妻子に会える」 「会うだけじゃなくて! 黄泉の国から連れて帰ってこれるのかも!」 「んなわけない」 「だって兄様が言ったんだもん!!」 「お前いつもそれだな! だいたいそれ、兄上通した又聞きだろ。あの魔術師はそんなこと一言も言ってなかったぞ」  そういえば兄様から聞いた話にだいぶ色を付けてしまった気もする、とユウナギはいったん落ち着いて思い出そうとした。 「それを言ったのは魔術師の住処を教えてくれた商人よ。彼が(いくさ)跡地でぶちまけたら、辺りが光りだしたって」 「よくそんな処でぶちまけたな。その場には死体やら血まみれの武器やらが、ごろごろ転がってただろうに」 「死体……血……」  そこでユウナギは思った、なぜ兄様はその話をしたのだろう、と。あの時、ずいぶん唐突だったような気がする。 「あれは私が衣類に付いた血を洗い流していて……全部流して見えなくなった時……」  ユウナギは甕を抱えて立ち上がった。 「なんだ?」 「私は特別な力なんて持ってないけど……コツバメが言っていた勘っていうの……きっと誰にでもあるの、あの子ほど強くはなくても」 「うん?」 「今は自分の勘も、兄様の“なんとなく”も、信じるしかない。神が私をここに遣わした理由も……」  その目線で、ナツヒももうひとつの甕を持って付いてきて! と命令した。
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