この世界は

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この世界は

 翌朝、ふたりは起きてすぐに民家を尋ねた。  ちょうど男も目覚めた頃で、その家の主が朝餉(あさげ)を出し、事情を聞いてきたのだった。  そこでこの集落の馬車の男が、という話になる。 「ああ、あの人?」  民家の者は近所同士なのでよく知っている。 「あの事故の犯人ってよく分かったね? で、本当に彼なの?」  近所だからというのもあるが、ずいぶん好奇心旺盛な反応をされた。食事をもらっているので無下にもできず。 「実は私、まじない師なの。ただの旅人じゃなくて」  男はそれは知らなかったと目を丸くした。 「昨夜カマかけてやろってくらいの気持ちで、神が私に啓示をくださったって言ったら、後ろめたいことがあるからね、あっさり自白したわ」  ナツヒは隣で、けっこう苦しい物言いだなーという顔をしている。  そこで民家の主は、こんなことを言い出した。 「そうだね。お嬢さん、女王にお顔が似ているから、犯人も驚いただろう」  ふたりを巡る空気が、急速に張り詰める。 「似てる? というか、女王の顔を知っているの?」  屋主と男はふたりの表情が固くなったのを感じ、顔を見合わせた。 「旅に出ていて、女王即位記念の行列とはすれ違わなかったのかね?」 「即位? 行列?」 「新たな女王がすべての(むら)を周遊されて、披露目の式も幾度か開かれるのよ。つい先日ここらにいらっしゃったばかりで、今はどちらを周られてるんだろうね」 「新たな女王ってなに!?」  ユウナギが声を張り上げた。事情を知らぬ者にはますます不可解な雰囲気である。 「新女王は確か……ユウナギ様とおっしゃったか……?」  男はうろ覚えの様子だ。 「……なら、その前の女王は?」 「二月(ふたつき)前に亡くなられたようだよ」 「!!」  衝撃を受けるユウナギの肩を、ナツヒは支えようとした。 「僕も女王のお顔は遠くから眺めただけだけど、確かに似ているな……たたずまいも」  そこに邑人(むらびと)がひとり訪れた。例の馬車の男が姿をくらまして家族が捜している、見てないか、と問うのだ。 「!?」  それを聞いた男は血相変えて飛び出した。  邑人が言うには、その失踪した男は昨夜家に帰ったら様子がいつもと違い、家族は今とても心配しているようだ。  私も探しに行く、と出ていこうとしたユウナギをナツヒはいったん引き止め、自分は中央から派遣されている役人や兵士のいる役場に出向くと話した。 「できるだけ早く合流するから、この集落からは絶対出るな」 「う、うん」  そういうわけで最初は、民家の者らと近辺の倉庫などを捜していた。  しかし一向に見つからず、ユウナギは集落の隅から、そこの林の入口へと足を進めていった。
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