王女ユウナギの憂鬱

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王女ユウナギの憂鬱

 バスッ! と涼しい音が立つ。  よい具合に的の中心を射抜いたその時、背後からひとりの少年が声をかけてきた。 「さすが中央1を誇る命中率だな。いや、中央2か」  丞相(じょうしょう)次男のナツヒだ。 「俺が1だからな」  かつてのやんちゃ少年ナツヒは現在16歳。兵を束ねる隊の(おさ)として、日々立派に役目をこなしている。  緑の黒髪をうなじでひとつに束ね、相変わらずの力強い眼光で、自信満々にユウナギの前に立ちはだかる、が。  ユウナギはそんな彼をちらりと横目にして、ため息をつく。 「なんだよ」 「ううん、ナツヒ見てると、ちょっとは気分が上がるよ」 「ん?」  事実、彼はユウナギが女王の屋敷に連れてこられてからずっと、共に学んで共に成長した唯一の幼馴染だ。  そのおかげで彼だけは、態度も口調も王女に対するそれでなく、時に孤独を思わせるこの屋敷でユウナギはいつも心が救われている。 「命中率はいいが、なんていうか、精神ぐらぐらなのを技術で覆ってなんとかしてるような矢だな。何があった?」 「何もないわ。どうせ戦場(いくさば)には出してもらえないんだから、私に射られた矢もクサるってものでしょ」  そう言いながらまた引き始めた。 「そんなの当たり前だろ。何をそんなに苛立ってるんだ? 兄上が忙しくて相手にしてくれないとか?」  「兄上」という言葉にぴくっと反応するユウナギ。 「どーせ! ど──せ!! トバリ兄様は私なんか妻にしてくれませんよ!!」  すごい形相で食いついていった。 「そんなこと一言も言ってねえよ。だいたいそれも当たり前だ!」  この返しで彼女は大人しく引き下がり、縮こまる。 「私が王女だからじゃなくて、兄様にとって私なんて、面倒みてる子どものうちのひとりだもん……」  今度は指で地面をいじいじし始めた。 「そんなことないだろ。とっくに跡継ぎもうけてなきゃならない兄上がさ、妻を娶るのを拒んで養子を迎え育てているのは、お前のためなんじゃないのか?」 「私のため……?」  幼い頃から兄と慕い、そのうち特別に想う相手となったあの人は、誰に対しても分け隔てなく寛大で誠実だ。そんな優しい人の心情を想像しても仕方ない。 「丞相(じょうしょう)はよく受け入れたわねそんなの。そういえば、あなたももう娶ってていい歳なのに」 「んっ?」  ふっと思い出したかのようなユウナギに、急に自分の話題をふられて、ナツヒは少し戸惑った。 「俺は……。女は無理だ、って神妙な顔で父上に言ったら、それ以後何も言われなくなった」 「え? そうなの?」 「嘘だけど」 「うん?」  そこにひとり、少年がやってきたのにふたりは気付く。 「よっ。やっぱりここかナツヒ」  ナツヒのいとこで、租税を管理する官にいるアオジだった。  彼もかなり子どもじみた見てくれだが、ナツヒとひとつしか年が違わない。  政治中枢の役はこの一族で成っていて、彼らの年頃の男は多くが、次期長として現長を補佐している。  そこで、アオジが何を慌ててナツヒを探していたのかという話になった。  何やら、先日の地震を予知していたと噂のあった娘を、ここ中央に連れてきたという。  その娘は幼いが(さか)しく話し、本人曰く、力のあった巫女の生まれ変わりだと。  ふたりは顔を見合わせ、今すぐその子どものところに案内するよう言った。
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